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人間関係 STEP2

友達の幸せを素直に喜べない自分は、性格が悪いのか

友達の幸せを素直に喜べない自分は、性格が悪いのか

結婚報告だった。

高校からの友達。グループLINEに「実は、来月入籍することになりました」と、指輪の写真と一緒に送られてきた。

「おめでとう!」とスタンプを送った。本当に嬉しい。大事な友達だ。幸せになってほしいと思っている。嘘じゃない。

でも、スマホを閉じたあと、胸のあたりに重いものが残っている。

おめでとう、と思っている自分と、「また一人、先に行った」と思っている自分が、同時にいる。

夜、ベッドの中で天井を見ながら考える。私は何をしているんだろう。同い年なのに。同じ時期に社会に出たのに。彼女は結婚して、あの子は昇進して、あの子は転職して年収が上がって。私は何も変わっていない。

そしてその次に来る感情が、いちばんきつい。

友達の幸せを素直に喜べない自分は、人としてどこか壊れているんじゃないか。

この記事は、その後ろめたさを抱えている人に向けて書いています。

あなたの性格は壊れていない

最初に言い切っておきたい。

友達の幸せを素直に100パーセント喜べないことは、性格の欠陥ではない。

人間の感情はシンプルではない。一つの出来事に対して、複数の感情が同時に存在することは普通のことだ。「嬉しい」と「焦る」は矛盾しない。「おめでとう」と「取り残された」は両立する。

問題なのは、二つの感情が同時にあること自体ではなく、片方の感情を持っている自分を「最低だ」と裁いてしまうことだ。

「友達の幸せを喜べないなんて、私は嫌な人間だ」——この自己裁判が、あなたを余計に苦しくしている。

嫉妬していること自体ではなく、嫉妬している自分を責めていることが、いちばん痛い。

比較は「してしまう」もので、「する・しない」を選べるものではない

「人と比べるのをやめましょう」

自己啓発本にも、SNSの名言にも、よく出てくるフレーズだ。

でもPRIELLEは、これを無責任な言葉だと思っている。

比較は、やめようと思ってやめられるものではない。人間は社会的な生き物で、自分の位置を周囲との比較で把握するようにできている。これは努力や意志の問題ではなく、脳の基本機能の一つだ。

「比べるな」は、「息をするな」に近い。できるわけがない。

友達の結婚報告を見て焦らないようにすることはできない。同期の昇進を聞いて何も感じないようにすることはできない。SNSで誰かの充実した休日を見て落ち込まないようにすることはできない。

だから、比較すること自体を責めなくていい

問題は比較したあとに何が起きるかだ。

比較する → 差を認識する → ここまでは自然な反応。

でもここから先の反応が人によって違う。

「彼女は彼女、私は私」と切り替えられる人と、「彼女に比べて私は何もない」と自分を削り始める人。

この分かれ道で何が起きているかを、もう少し丁寧に見てみたい。

「同じスタートラインだったのに」という幻想

友達の結婚報告がつらいとき、心の中にはこんな前提がある。

「同じところから始まったのに、差がついてしまった」

同い年。同じ学校。同じ時期に就職した。だから同じペースで人生が進むはずだ。なのに、あの子は結婚して、私はまだ一人。あの子は昇進して、私はまだ同じポジション。

この「同じスタートラインだった」という前提が、比較のダメージを増幅させている。

でも冷静に考えると、スタートラインは同じだっただろうか。

同い年でも、家庭環境は違う。性格も違う。何に興味があるかも違う。何を優先するかも違う。恋愛に積極的な人もいれば、仕事に集中していた人もいる。たまたま早く相手が見つかった人と、たまたままだ見つかっていない人がいる。

「たまたま」と書いたのは、それが事実だからだ。

結婚のタイミングには、運と環境と偶然が大きく関わっている。25歳で結婚した友達が27歳のあなたより「進んでいる」わけではない。彼女の人生の時計とあなたの人生の時計は、そもそも違うものだ。

頭では分かっている。でも心がついてこない。

そう、頭で分かっていても心がついてこないのは、「自分の人生のペースに自信がない」からだ。

自分のペースに「これでいい」と思えていれば、他人のペースが違っても揺れない。でも自分のペースに自信がないから、他人のペースが正解に見えてしまう。

SNSの「報告」が痛い仕組み

ここで、少しだけSNSの話をさせてほしい。

友達の結婚報告、転職報告、旅行の写真、おしゃれなディナー。

SNSで見るこれらの投稿が、対面で聞くよりつらく感じることがないだろうか。

これにはちゃんと理由がある。

対面で「結婚するんだ」と聞いたとき、あなたは相手の声のトーンや表情から文脈を読み取れる。照れ臭そうに言っているとか、不安もあるとか、その前に何年も苦しい恋愛をしていたとか。背景が見える。人間の立体的な姿が見える。

でもSNSの報告は、結果だけが切り取られている

指輪の写真。満面の笑み。「幸せです」のキャプション。

プロセスは見えない。喧嘩した夜は見えない。将来への不安は見えない。ただキラキラした結果だけが、あなたのタイムラインに流れてくる。

あなたの日常は、プロセスのど真ん中にいる。仕事の悩みも、恋愛のうまくいかなさも、漠然とした不安も、全部リアルタイムで感じている。

その「プロセスの中にいる自分」と、「結果だけが切り取られた他人」を比較するのだから、勝てるわけがない。

これは比較のフェアネスが根本的に壊れている。誰かのハイライトリールと自分の未編集映像を並べて、「私のほうが見劣りする」と言っているようなものだ。

もしSNSを見たあとに毎回落ち込むなら、それは自分の問題ではなく、比較の条件が不公平だということに気づいてほしい。

嫉妬の奥にあるもの

少し踏み込んだ話をしたい。

友達の幸せに対して感じるあのモヤモヤ。あれをもう少し丁寧に分解してみる。

嫉妬には二種類ある。

一つは「あの人が持っているものが欲しい」。結婚したい。昇進したい。あの生活が羨ましい。

もう一つは、それよりもっと深いところにあるもの。

「あの人には手に入るのに、私には手に入らない」と思っている。

一つ目は欲求だ。何かが欲しいだけ。これは健全なエネルギーにもなる。

二つ目は自己評価だ。「私にはそれを手に入れる力がない」「私はそれに値しない」。ここに自己否定がくっついている。

友達の結婚報告が胸に刺さるとき、本当に痛いのは「結婚したい」ではない。「私は結婚できないかもしれない」のほうだ。

友達の昇進が苦しいとき、本当に苦しいのは「昇進したい」ではない。「私にはあの子みたいな力がない」のほうだ。

つまり、嫉妬のダメージは相手の持ち物ではなく、自分への評価から来ている。

だから「比べるな」と言っても意味がない。比較を止めても、「私にはできない」という自己評価が変わっていなければ、別の場面でまた同じ痛みが出てくる。

比較を「情報」に変える

では、どうすればいいのか。

PRIELLEの提案はシンプルだ。比較をやめるのではなく、比較の使い方を変える

友達が結婚した。そこから受け取る情報を、「私は遅れている」ではなく、「私は結婚に対してどう感じているか」に変える。

焦る?——なら、本当は結婚したいと思っている。

別に焦らない?——なら、今は結婚が最優先ではないのかもしれない。

焦るけど、「誰でもいいから結婚したい」とは思わない?——なら、結婚そのものではなく「この人と一緒にいたい」と思える相手に出会うことが大事なのかもしれない。

他人の報告を、自分の本音を知るきっかけとして使う。

「あの子は結婚した。私はまだ。だからダメだ」——これは比較が自己否定に直結している。

「あの子は結婚した。私はまだ。で、私はどうしたいんだろう」——これは比較を自分と向き合う入り口にしている。

同じ出来事を受け取っても、そのあとの問いかけが「なぜ私はダメなのか」から「私は何を求めているのか」に変わるだけで、その先がまったく違うものになる。

「置いていかれる」のではなく、「違う道を歩いている」

もう一つだけ、伝えておきたいことがある。

友達が結婚したとき、「置いていかれた」と感じるのは、全員が同じ一本道を歩いていると思っているからだ。

就職して、恋愛して、結婚して、出産して。この順番で進むのが「正しい人生」で、早く進んでいる人が前にいて、遅い人が後ろにいる。一本道の上で、自分の順位を数えている。

でも、道は一本ではない。

友達は友達の道を歩いている。あなたはあなたの道を歩いている。たまたま景色が似ていた時期があっただけで、もともと別の道だった。別の道を歩いている人の進み具合を見て「遅れている」と感じるのは、そもそも比較の前提がずれている。

とはいえ、こう言われても「でも結婚したい気持ちはある」と思うかもしれない。それはそれでいい。結婚したい気持ちがあるなら、それはあなたの本音だ。

ただ、その本音は「みんなが結婚しているから焦っている」のか、「私がこの人と生きていきたいと思える人と出会いたい」のかで、全然質が違う。

前者は外部の圧力。後者は自分の欲求。PRIELLEが大事にしているのは、いつも後者のほうだ。

✦ ✦ ✦

次に友達から「報告」のLINEが来たとき。

「おめでとう」は送っていい。心から祝えなくてもいい。50パーセントのおめでとうでも、それは嘘ではない。残りの50パーセントに嫉妬や焦りが混じっていても、それもあなたの正直な感情だ。

そのあと、一人になったとき。

胸に残ったモヤモヤを「自分は性格が悪い」で片づけないでほしい。

代わりに、一つだけ自分に聞いてみてほしい。

「で、私はどうしたいんだろう」

答えが出なくてもいい。「分からない」でもいい。でもこの問いかけを、「なぜ私はダメなのか」の代わりに置くだけで、モヤモヤの質が少しだけ変わる。

自分を責める夜が、自分と向き合う夜に変わる。

それは小さな転換に見えるかもしれない。でも、自分を受け入れるという長い旅の中で、確実に一歩前に進んでいる。

嫉妬する自分も、焦る自分も、落ち込む自分も、全部あなただ。 そのどれも「壊れている」わけではない。

PRIELLE編集部

PRIELLE編集部

PRIELLE 編集

「あなたの価値は、あなたが決める。」をコンセプトに、 自己価値を高めたい女性のための情報をお届けしています。

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