自己満足, 自分の選択,自分を信じる, 環境
ずっと、「もっと」だった。
もっと痩せなきゃ。
もっとお金を貯めなきゃ。
もっとスキルを身につけなきゃ。
もっと自分を磨かなきゃ。
もっと、もっと、もっと。
頑張っても、頑張っても、足りない。ゴールが、いつも逃げていく。何かを達成しても、すぐに次の「もっと」が待っている。だから、いつも追い立てられている感覚があった。
ある日、ふと、つぶやいた。
「もう、これでいい」。
何かを諦めた、というのとは、違った。むしろ、今の自分を、ちゃんと認めた、という感覚だった。
体は、完璧じゃない。
でも、これでいい。
仕事は、まだまだ。
でも、これでいい。生活も、ぎりぎり。
でも、これでいい。
その瞬間、肩から何か重いものが、すっと降りた気がした。
「もっと」が、自分から平穏を奪っている
「もっと頑張ろう」という言葉は、いいことのように聞こえる。
向上心がある。前向きだ。怠けていない。だから、いつも「もっと」を自分に課す。それが、大人として、社会人として、当たり前の態度だと思っている。
でも、考えてみてほしい。「もっと」を追い続けている間、あなたは、一度も「いまで満足」と思えたことがあるだろうか。
たぶん、ない。「もっと」は、終わらない。常に上があり、常に足りないものがある。「もっと」を動力にしている限り、永遠に到達点に着けない。
そして、終わりがないゲームを続けていると、人は疲れる。深いところで、消耗していく。なぜ頑張っているのか、わからなくなる。「いつになったら、自分はOKと言えるのか」という、漠然とした絶望が、心の底に溜まっていく。
これが、現代の多くの人が抱える「燃え尽き」の正体だ。休む基準がない。終わる基準がない。だから、ずっと走り続けるしかない。そして、いつか倒れる。
「もっと」は、向上心ではない。自分から平穏を奪い続ける、終わりのない命令だ。
「これでいい」は、諦めじゃない
「これでいい」と言うと、なんだか諦めているように聞こえるかもしれない。
向上心がない。
守りに入っている。
妥協している。
そう思って、口にするのをためらってきた。
でも、「これでいい」は、諦めとは違う。「これでいい」は、今の自分を認めることだ。
完璧じゃないけれど、いまの自分を、否定しない。足りないところもあるけれど、今日の自分を、ちゃんと受け入れる。それが、「これでいい」の意味だ。
そして、「これでいい」と言える人のほうが、実は、次の一歩を軽く踏み出せる。今の自分を否定せず、認められているから、新しいことに取り組むときに、自分を責める必要がない。「足りないからやる」じゃなく、「ときめくからやる」になる。
逆に、「もっと」で動いている人は、次の挑戦も、自分を否定する動機で始まる。「足りない自分」を埋めるための行動だから、しんどい。続かない。
「これでいい」が言える人は、自分の中に、安心の土台を持っている。その土台の上で、新しいことに挑戦する。挑戦して、失敗しても、土台は崩れない。「これでいい」が、いつでも自分を支えてくれる。
「これでいい」と「もっと」は、矛盾しない。「これでいい」という土台の上で、自分のときめきに従って「もっと」に挑戦する。それが、いちばん健やかな前進の仕方だ。
✦ ✦ ✦
今日、自分が「もっと」と思っていることを、一つ思い浮かべてみる。
もっと痩せなきゃ。もっと稼がなきゃ。もっとちゃんとしなきゃ。
そして、その「もっと」に、一度だけ、こう言ってみる。
「もう、これでいい」
口に出してもいい。心の中でつぶやいてもいい。
「これでいい」と言ったときに、湧いてくる罪悪感を、観察してみる。「諦めていいのか」「妥協していいのか」「これじゃ向上できないんじゃないか」。
その声は、これまでずっと「もっと」を自分に課してきた、古い習慣の声だ。それは、もう、聞かなくていい。
「これでいい」と言える自分を、許可する。完璧じゃない自分を、認める。
その瞬間、肩が、少し軽くなるはずだ。
そして気づくはずだ。「これでいい」を言える人だけが、本当の意味で、自分の人生を生きられる、ということに。
「もっと」に追われる人生から、「これでいい」を土台にした人生へ。その小さな転換は、たった一言で、始まる。
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