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マインドセット STEP3

コンプレックスと美しさは、同居できる

 コンプレックスと美しさは、同居できる

試着室で、Aラインのスカートに着替えながら、いつものように思う。「やっぱり、スキニーは無理だな」と。

太もものラインが、どうしても好きになれない。だから、脚の形が出る服は、もう何年も避けてきた。ボトムスはいつもAラインか、プリーツか。それ自体は、べつにいい。似合う服を選んでいるだけ、とも言える。でも、心のどこかで、ずっとこう思っていた。「この太ももを、なんとかしないかぎり、私は自信を持てない」と。あと3kg痩せたら。この脚が細くなったら。そのときはじめて、堂々とできる、と。

つまり、私はずっと、こう信じていたのだ。コンプレックスが消えないかぎり、美しくはなれない、と。全部を好きにならないと、始まらない、と。

でも、それは、本当だろうか。


「全部好きにならなきゃ」という思い込み

私たちは、いつのまにか、こう思い込んでいる。美しくあるためには、自分の全部を好きにならなければいけない、と。

だから、嫌いな部分が一つでもあると、そこが引っかかって、自分を認められない。脚が、鼻が、二の腕が、肌が。たった一つのコンプレックスが、「私はまだダメだ」の理由になる。減点法だ。100点満点から、気に入らない箇所を一つずつ引いていく。そして、引き算の結果が満点にならないかぎり、「美しい」の資格は自分にはない、と結論づける。

この考え方でいくと、ゴールは、永遠に来ない。なぜなら、コンプレックスは、消えないからだ。太ももを気にしなくなったら、今度は違うところが気になりだす。一つ克服しても、また新しい一つが生まれる。「全部を好きになったら、美しくなれる」という前提は、実は「一生、美しくなれない」と言っているのと同じことなのだ。

しかも、いまの時代、コンプレックスは、放っておいても勝手に増えていく。SNSを開けば、加工された肌、細く長い脚、小さな顔が、次から次へと流れてくる。それを見ているうちに、昨日まで気にしていなかった場所が、急に「欠点」に見えてくる。「私の鼻、こんなに大きかったっけ」「二の腕、こんなに」。誰かの理想を浴び続けるほど、自分の減点項目は、際限なく増えていく。

つまり、コンプレックスの数は、あなたの実際の見た目の問題ではなく、あなたがどれだけ「他人の理想」を採点表に取り込んでいるか、の問題でもある。だとしたら、「全部克服する」なんて、はじめから勝てない勝負だ。採点表に項目を足していくスピードに、克服が追いつくはずがない。だから、勝負の土俵を、降りるしかない。「全部好きにならないと美しくなれない」という、そのルールの外に出るしかない。

そして、いちばん残酷なのは、この考え方のもとでは、自分の中の「好きな部分」まで、見えなくなることだ。気に入らない太ももに気を取られて、案外きれいだと言われる指先や、笑ったときの目元には、目がいかない。減点に忙しくて、加点を数える暇がない。


あなたが美しいと思う人も、どこかを嫌っている

ここで、少し視点を変えてみたい。

あなたが「この人、きれいだな」「素敵だな」と思う人を、一人、思い浮かべてほしい。友達でも、同僚でも、憧れの人でもいい。その人は、自分の全部を好きだと思っているだろうか。コンプレックスが、一つもないだろうか。

——そんなはずはない。どんなに素敵に見える人にも、必ず、気に入らない部分がある。脚が太いと思っている人。鼻の形が嫌いな人。肌のことで悩み続けている人。あなたが「きれい」と感じているその人も、鏡の前では、あなたと同じように、どこかにため息をついている。

でも、あなたはその人を、美しいと感じた。その人のコンプレックスを知らなかったからではない。その人は、コンプレックスを抱えたまま、美しかったのだ。嫌いな部分を消してから美しくなったのではなく、嫌いな部分と一緒に、美しさを纏っていた。

これが、答えだ。美しさは、コンプレックスがゼロになった先にあるのではない。コンプレックスと、平気で同じ部屋にいられる。それが、美しさの正体に近い。太ももが好きになれないまま、それでも「悪くないな」と思える。その同居の状態こそが、纏う空気を、やわらかくする。


「嫌い」を抱えたまま、前に進む

誤解しないでほしいのは、これは「コンプレックスを克服しよう」という話でも、「無理して好きになろう」という話でもない、ということだ。

太ももが好きになれないなら、好きにならなくていい。無理に「私の脚、最高」と思い込む必要はない。それは、また別の力みを生むだけだ。嫌いなものは、嫌いなまま、置いておいていい。ただ、その「嫌い」に、あなたの全部を支配させないでほしい、というだけの話だ。

一つの嫌いな部分は、あなたが自分を認めることを、禁止する権利を持っていない。太ももが好きになれないことと、今日の自分が悪くないことは、両立する。同居する。片方が、もう片方を打ち消すことはない。

だから、Aラインのスカートを選ぶのも、いい。それは、脚を隠すための逃げではなく、自分に似合うものを知っている選択だ。太ももが好きになれないまま、好きな服を着て、機嫌よく出かける。コンプレックスを抱えたまま、ちゃんと美しくいる。それは、矛盾ではない。むしろ、いちばん自然な、自分との付き合い方だ。

全部を好きになる日は、たぶん、来ない。でも、全部を好きにならなくても、あなたは、もう十分に美しくいられる。


コンプレックスに、視界を明け渡さない

コンプレックスの、いちばんやっかいなところは、それが視界を独占してしまうことだ。

太ももが気になりだすと、鏡を見るたびに、まず太ももに目がいく。写真を見返すときも、真っ先に脚の太さを確認する。服を選ぶときも、頭にあるのは「どうやって太ももを隠すか」ばかり。こうして、たった一つのコンプレックスが、あなたの視界の中心に居座り、ほかのすべてを、隅に追いやってしまう。

その結果、何が起きるか。あなたは、自分の「好きになれる部分」を、見なくなる。友達に「手がきれいだね」と言われた指先。笑ったときの、感じのいい目もと。まっすぐ伸びた背筋。案外似合っている、今日の服。そういう「加点」が、全部、太ももの陰に隠れてしまう。コンプレックスに視界を明け渡した人は、自分の魅力を、自分だけが見られなくなる。

だから、コンプレックスを消そうとするより、視界を取り戻すほうが、ずっと効く。太ももが気になったら、「うん、気になるね」と認めたうえで、一度、視線を別の場所に移してみる。今日の自分の、悪くない部分はどこか。ひとつでいいから、探してみる。コンプレックスを、なくす必要はない。ただ、それに、視界の全部を明け渡さなければいい。

そして、Aラインのスカートを選ぶこと。それは、逃げでも、諦めでもない。自分に似合うものを知っていて、それを選んでいる。隠すために着るのと、似合うから選ぶのとでは、同じ一枚でも、纏う気持ちがまるで違う。前者は、コンプレックスに操られている。後者は、コンプレックスを持ったまま、自分で選んでいる。その違いが、佇まいに出る。


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あなたのコンプレックスを、一つ、思い浮かべてみてほしい。長いあいだ、あなたを縮こまらせてきた、あの部分を。

そして、それに向かって、心の中でこう言ってみる。「あなたのことは、まだ好きになれない。でも、あなたがいても、私は悪くない」。克服を誓わなくていい。好きになると約束しなくていい。ただ、その「嫌い」と、今の自分の肯定を、同じ場所に、並べて置いてみる。

不思議なもので、「消さなきゃ」と力んでいたコンプレックスは、「いてもいい」と許した瞬間、少しだけ、存在感を薄くする。あなたを支配する力を、静かに失っていく。

美しさは、嫌いな部分がなくなった人にではなく、嫌いな部分と一緒に、機嫌よくいられる人に宿る。

あなたが「好きになれない」と思っているその部分は、本当に、あなたの美しさを邪魔しているだろうか。それとも、邪魔だと決めつけていたのは、あなた自身の採点表のほうだっただろうか。

PRIELLE編集部

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