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恋愛 STEP2

「好きかどうか分からないけど、断る理由もない」という地獄について

「好きかどうか分からないけど、断る理由もない」という地獄について

告白された。

悪い人じゃない。むしろいい人だ。優しいし、誠実だし、ちゃんと仕事をしているし、こちらの話を聞いてくれる。友達に紹介しても恥ずかしくない。条件だけ見れば何も問題はない。

でも、「好き」かと聞かれると、分からない。

ドキドキするかと言われると、しない。

会えない日に寂しいかと言われると、そこまでではない。

LINEが来て嬉しいかと言われると、嬉しいけど、心臓が跳ねるほどではない。

嫌いではない。

一緒にいて不快ではない。

でも「この人と付き合いたい」と自分から思ったことはない。

向こうから気持ちを伝えられて、初めて「どうしよう」と考え始めた。

そして頭の中で、こんな計算が始まる。

断る理由がない。いい人だ。こんな人、もう現れないかもしれない。27歳。周りは結婚し始めている。贅沢を言える立場じゃない。「好き」が分からないだけで断るのは、もったいないんじゃないか。付き合ってみたら好きになるかもしれない。

「とりあえず付き合ってみよう」

この結論に至ったことがある人は、少なくないと思う。

この記事は、その「とりあえず」について書いています。


「断る理由がない」は「付き合う理由がある」ではない

まず、この混同を解いておきたい。

断る理由がないことと、付き合う理由があることは、まったく別の話だ。

「嫌いじゃない」は「好き」ではない。

「悪い人じゃない」は「一緒にいたい人」ではない。

「条件が揃っている」は「心が動いている」ではない。

でも、自分の気持ちに自信がない人は、この区別がつけられない。

「好き」という感情がはっきり分からないから、代わりに消去法で考える。嫌いじゃない。断る理由がない。じゃあ、付き合ってもいいんじゃないか。

これはSTEP 2の話だ。自分基準がないまま、「問題がないから」という理由で選んでいる。

レストランで「何でもいいよ」と言ってしまう人が、告白に対しても「断る理由がないから、いいよ」と言ってしまう。同じ構造だ。

「何でもいい」で選んだランチは、食べ終わっても満足感がない。「断る理由がない」で始めた恋愛も、同じことが起きる可能性がある。


「好き」が分からない人の事情

ここで少し、「好きかどうか分からない」という感覚そのものについて考えてみたい。

これを言う人には、いくつかのパターンがある。

そもそも「好き」の基準が高すぎる。

ドラマや映画で見る恋愛。心臓がばくばくして、会えない時間がつらくて、この人のためなら何でもできると思う。あれが「好き」だと思っている。あの強度の感情がないと、「好き」と認定できない。

でも現実の恋愛は、あんなに劇的ではないことのほうが多い。「なんとなく一緒にいると落ち着く」「特別なことは何もないけど、また会いたいと思う」。この静かな感情も「好き」の一形態だ。

ドラマ的な「好き」だけが「好き」だと思っていると、目の前の穏やかな感情を見落とす。

自分の感情を信じられない。

自己肯定感が低い人は、自分の感情にも自信がない。「これは好きなのかな? よく分からない」と迷う。普通に考えたら「好きだから気になっている」のに、「本当に好きなのか自信がない」と疑い続ける。

感情が湧いていても、それを「好き」だと自分で認定する許可が出せない。自分の感覚を信じられないから、ずっと保留にしてしまう。

過去の恋愛で感情を信じて失敗した経験がある。

前の恋愛で「好き」という感情に従って動いた結果、傷ついた。だから今度は慎重になる。感情を信じるのが怖い。「好きだと思ったけど違った」をもう一度やりたくない。だから「好きかどうか分からない」という安全地帯にいる。

どのパターンでも、共通しているのは自分の感覚を頼りにできていないということだ。


「付き合ってみたら好きになるかも」の確率

よく聞くアドバイスがある。

「付き合ってみないと分からないよ」「一緒に過ごすうちに好きになることもあるよ」

これは嘘ではない。実際に、最初はそこまで好きじゃなかったけれど、時間をかけて深い愛情が育つ関係はある。

でも、PRIELLEはここで一つの問いを立てたい。

「好きになるかもしれない」と「好きになりたい」は、同じだろうか。

「好きになるかもしれない」は可能性の話だ。コインを投げて表が出るかもしれない。出ないかもしれない。どちらか分からない。

「好きになりたい」は欲求の話だ。この人のことをもっと知りたい。この人との時間をもっと過ごしたい。この人を好きになれたら嬉しい。

前者で付き合い始めた関係は、受動的だ。「なれたらいいな」と待っている。変化が起きなかったとき、「やっぱりダメだった」で終わる。

後者で付き合い始めた関係には、能動的なエネルギーがある。自分から相手に向かっている。たとえ最初の感情が小さくても、育てていく意志がある。

同じ「そこまで好きじゃないけど付き合う」でも、この二つではその先が全然違う。

もし今あなたが迷っているなら、自分に聞いてみてほしい。「この人を好きになりたいと思っているか」。答えが少しでもイエスなら、時間をかける価値はある。何も感じないなら、時間をかけても変わらない可能性が高い。


「もったいない」で始める恋愛の代償

「こんないい人、もう現れないかもしれない」

この思考は、恋愛を「機会損失」として捉えている。逃したら損をする。手に入るものは手に入れておいたほうがいい。

でも恋愛は投資ではない。

「もったいない」で始めた関係には、常に後ろめたさがつきまとう。

相手は本気であなたを好きでいてくれる。でも自分は、その気持ちに100パーセントで応えていない。相手の「好き」を受け取りながら、同じ強度の「好き」を返せない。

これは相手に対して不誠実だ、とあなたは感じ始める。罪悪感が生まれる。でも別れたら「もったいない」。罪悪感を抱えながら続ける。相手は「何か最近冷たい」と感じ始める。あなたは「そんなことない」と否定する。二人のあいだにズレが生まれる。

こうなったとき、あなたは二重に苦しい。好きになれない罪悪感と、それを隠すストレスと、「でも手放せない」という執着。

最初に自分の感覚に正直でいたほうが、トータルの痛みは少ない。

「断る理由がない」で始めた関係は、「別れる理由もないけど、一緒にいる理由もない」という地獄に発展するリスクがある。


断ることは、相手を傷つけることではない

告白を断ることに罪悪感がある人は多い。

勇気を出して告白してくれた。その気持ちを無下にするのは申し訳ない。傷つけたくない。

この気持ちは優しさだ。でも、この優しさが自分の感覚を上書きしてしまうなら、問題だ。

一つ、視点を変えてみてほしい。

あなたが誰かに告白したとする。相手がそこまであなたを好きではないのに、「断る理由がないから」という理由で付き合い始めたとする。あなたはそれを知ったとき、嬉しいだろうか。

たぶん、嬉しくない。自分を好きでいてくれる人と一緒にいたい。同情や消去法で選ばれるのは、嬉しくない。

つまり、好きではない相手に正直に断ることは、相手を傷つけることではなく、相手の時間を大切にすることでもある。

あなたに使うはずだった時間を、相手は本当に合う人を見つけるために使える。断ることは、相手を自由にすることだ。

短期的には痛みを与える。でも長期的には、お互いにとってより良い選択であることが多い。


「分からない」は答えの一つ

ここまで読んで、「じゃあ結局どうすればいいの」と思っているかもしれない。

PRIELLEの答えはこうだ。

「分からない」なら、「分からない」と伝えていい。

「好きかどうか分からない。でも嫌いではない。少し時間がほしい」

これは曖昧で、ずるい返事に聞こえるかもしれない。でも実は、いちばん誠実な返事だ。

分からないのに「好き」と言うのは嘘だ。分からないのに断るのは早すぎるかもしれない。なら、「分からない」を正直に伝えることが、今の自分にできるいちばん誠実なことだ。

ただし、時間をもらうなら期限を決めること。いつまでも保留にするのは、相手を待たせ続けることになる。「一ヶ月、もう少しお互いを知る時間がほしい」と具体的に伝える。

その一ヶ月で、食事をしたり、連絡を取ったり、一緒に時間を過ごしてみる。そのなかで「もっと知りたい」と思えるか、「やっぱり何も変わらない」と感じるか。

自分の感覚に注意を向ける一ヶ月にする。

✦ ✦ ✦

もし今、誰かに気持ちを伝えられて迷っているなら。

「断る理由がない」で考えるのをやめて、一つだけ自分に聞いてみてほしい。

「この人と来週もごはんを食べたいと思うか」

条件でも打算でもなく、純粋に「もう一回会いたいか」。

会いたいと思うなら、その気持ちは小さくても本物だ。「好き」の種かもしれない。 会いたいと思わないなら、条件がどれだけ揃っていても、それは答えだ。

「もったいない」は、あなたの基準ではない。世間の基準だ。

あなたの恋愛を決めるのは、条件表ではなく、「もう一回会いたいかどうか」というあなたの感覚だ。 その感覚を、信じていい。

PRIELLE編集部

PRIELLE編集部

PRIELLE 編集

「あなたの価値は、あなたが決める。」をコンセプトに、 自己価値を高めたい女性のための情報をお届けしています。

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