おごってもらうとき「いいです」と言ってしまう
財布を出す。
相手が「いいよ、出すよ」と言う。
「えっ、いいです、割り勘で」と答える。
「いいから」と言われる。
「でも本当に」と言う。
「いいって」と言われる。
結局、出してもらう。
「ありがとうございます」と言いながら、どこかずっと申し訳ない気持ちが残る。帰り道、「次は絶対自分が出そう」と思う。それだけじゃ足りない気がして、「何かお礼しなきゃ」と考える。
おごってもらっただけなのに、なぜこんなに落ち着かないのだろう。
✦ ✦ ✦
「申し訳ない」の正体
おごってもらうことへの申し訳なさは、礼儀や謙虚さとは少し違う。
礼儀なら、受け取ってから「ありがとうございます」で完結する。謙虚さなら、一度断って、受け取れる。でも申し訳なさは、受け取った後も消えない。「これでいいのか」という感覚が、じわじわと続く。
その感覚の正体は、こうだ。「私はこれを受け取っていい存在なのか」という問いが、消えていない。
おごってもらうという行為は、「あなたのためにお金を使いたい」という相手の意思の表れだ。それを受け取ることは、「私はそれに値する」と暗黙のうちに認めることになる。その認め方が、できない。
✦ ✦ ✦
「いいです」は優しさじゃない
「いいです」と言うとき、相手への気遣いのつもりでいる。負担をかけたくない、という気持ちは本物だ。
でも正直に言うと、「いいです」の半分は自分のためだ。
受け取ることで生まれる申し訳なさを、感じたくない。「借りを作りたくない」という感覚も、ある。何かを受け取ると、返さなければならない、という重さが生まれる。その重さが怖い。
だから「いいです」と言って、その重さごと断ろうとする。
でもそれは、相手の気持ちをも断っている。「あなたのために何かしたい」という相手の意思を、「結構です」と返していることになる。
✦ ✦ ✦
受け取ることは、関係を深める
何かを受け取ることには、勇気がいる。
受け取るということは、「あなたの好意を信じる」ということだ。見返りを求められているわけじゃない、純粋に何かしたいと思ってくれている——そこを信じることが、受け取ることの本質だ。
そしてもう一つ。受け取ることは、相手に「あなたの好意は届いた」と伝えることでもある。
「いいです」と断り続けることは、相手の好意を毎回遮断することでもある。受け取ってもらえない人は、やがて差し出すのをやめる。関係が、少しずつ薄くなっていく。
受け取ることは、弱さじゃない。関係を育てる行為だ。
✦ ✦ ✦
「ありがとう」を先に言う
次におごってもらうとき、「いいです」より先に「ありがとう」を言ってみてほしい。
「ありがとうございます、ごちそうさまです」——それだけでいい。申し訳なさは、まだあっていい。でもその申し訳なさを口に出す前に、まず受け取る。
受け取ることは、一回で上手くならなくていい。「ありがとう」の後にまだ「でも」が出てきても、それでいい。ただ、順番だけ変えてみる。
受け取ることの練習は、小さな「ありがとう」から始まる。
好意を差し出してくれた人に、「ありがとう」を届けることが——あなたにできる、一番誠実なお返しだ。