自己肯定感が低いと検索した夜のこと
夜、布団の中でスマホを開いた。
検索欄に「自己肯定感 低い」と打った。少し迷って「治したい」と付け加えた。検索結果を上からいくつか読んだ。「あるある」と思う部分があった。でも読み終わっても、何かが変わった気はしなかった。スマホを伏せて、目を閉じた。
その夜のことを、あなたは覚えているだろうか。
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検索した、ということ
「自己肯定感が低い」と検索する人は、たくさんいる。
でも検索する人と、しない人がいる。同じように自信がなくて、同じように自分を否定していても、それを「なんとかしたい」と思って調べる人と、そのまま流す人がいる。
あなたは、検索した。
それは小さなことのように見えるけれど、「このままでいい」と思っていたら、検索しない。 検索したということは、変わりたいと思った瞬間があったということだ。その瞬間は、本物だ。
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「治す」という言葉について
検索するとき、多くの人は「治したい」と打つ。
治す、という言葉は、病気や欠陥に使う言葉だ。自己肯定感が低いことを「治す必要があるもの」として検索している。
でもここで少し立ち止まりたい。
自己肯定感が低いことは、欠陥じゃない。能力の問題でも、性格の歪みでもない。ただ、自分にOKを出す許可が、今まだ薄い状態だ。それは育てられる。治すのではなく、育てる。
「治す」という言葉の裏には、「今の私はおかしい」という前提がある。でも今の私はおかしくない。ただ、まだ育っている途中だ。
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自己肯定感は、上げるものじゃない
検索結果には「自己肯定感を上げる方法」がたくさん出てくる。
ノートに良かったことを書く。鏡を見て自分を褒める。達成感を積み重ねる。どれも間違ってはいない。でも多くの人がこれを試して、続かなくて、「やっぱり私には無理だ」となる。
それはなぜか。
自己肯定感は、何かをすることで上がるものではないからだ。今の自分を「これでいい」と認めることで、静かに生まれるものだ。
上げようとすると、「今の自分はまだ足りない」という前提から始まる。その前提のまま何かをしても、「まだ足りない」は消えない。足りないものを足し続けるループに入る。
認めることは、足すことじゃない。今あるものを、そのまま見ることだ。
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その検索が、出発点だった
あの夜、あなたは何かを変えようとした。
結果はすぐには出なかった。
読んだ記事が劇的に何かを変えてくれるわけでもなかった。
翌朝、自己肯定感が上がっていたわけでもなかった。
でもあの検索が、出発点だった。
「このままじゃない方がいい」と思った瞬間は、消えない。それはあなたの中に残っていて、今こうして別の記事を読んでいる。その続きを、あなたは今もやっている。
変わりたいと思ったことは、すでに変化の始まりだ。
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今夜、一つだけ
自己肯定感を上げようとしなくていい。
今夜、一つだけ。今日あった小さな「これでよかった」を探してみてほしい。
大きな成功じゃなくていい。
「ちゃんと起きられた」
「傘を持って出た」
「ごはんを作った」
——何でもいい。
それを、「これでいい」と一回だけ思う。
上げなくていい。ただ、今日の自分に「これでいい」と言う。それだけが、今夜できる一番小さな自己受容だ。
あの夜検索したあなたへ。その検索は、無駄じゃなかった。