自分を好きになれない、でいい理由
「自分を好きになろう」と思ったことがある。
本を読んだ。ノートをつけた。鏡の前で「私は私が好き」と言おうとした。言えなかった。言えないことに、また落ち込んだ。
自分を好きになれない自分が、嫌いになった。
そういう経験が、あるかもしれない。
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「好きにならなきゃ」という重さ
「自分を好きになろう」という言葉は、善意から来ている。
でもその言葉の裏には、「今の自分を好きになれていない状態はよくない」という前提がある。好きになれていない自分は、まだ不完全だ。だから好きになる必要がある。
その構造が、焦りを生む。
「まだ好きになれていない」→「好きにならなきゃ」→「でもなれない」→「やっぱり私はダメだ」。
このループは、自己肯定感を上げようとしているのに、むしろ下げる方向に働く。
好きになれないことへの罪悪感が、また一つ積み重なる。
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「好き」は義務じゃない
自分のことが好きじゃなくていい。
これは諦めの言葉じゃない。「好き」は義務ではない、という話だ。
他人に対して考えてみると、わかりやすい。すべての人を好きになる必要はない。苦手な人もいる。よく知らない人もいる。それは普通のことだ。
自分に対しても、同じでいい。好きじゃない部分があっていい。よくわからない部分があっていい。苦手な部分があっていい。
それが「今の私」だ。
好きになれないことより、好きになれない自分を責め続けることの方が、ずっと消耗する。
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自己受容は、好きになることじゃない
「自己肯定感」や「自己受容」という言葉が広まって、「自分を好きになること」と混同されることが多くなった。
でも自己受容は、自分を好きになることじゃない。
自己受容とは、今の自分を「これが今の私だ」と見ること。 好きかどうかの判断の前に、まず見る。肯定も否定もせず、ただそこにあると認める。
嫌いな部分があってもいい。変えたいと思う部分があってもいい。でもそれも含めて「これが今の私だ」と見ることができたとき、初めて何かが動き始める。
好きになろうとするより、見ようとする方が、ずっと近道だ。
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「好きじゃないけど、いる」
一つ、言葉を提案したい。
「自分が好き」は今すぐ言わなくていい。でも「自分が嫌い」も、今日はやめてみてほしい。
その代わりに、「好きじゃないけど、いる」という感覚を置いてみてほしい。
好きか嫌いかより前に、ただいる。自分という存在が、今ここにある。それを認める。それだけでいい。
「これが今の私だ」という見方は、好きになることへの準備ではない。それ自体が、自己受容の始まりだ。
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今夜、焦らなくていい
自分を好きになれない夜は、ある。
そういう夜に「好きにならなきゃ」と思わなくていい。「好きじゃなくてもいい夜だ」と思っていい。
ただ、自分を責めるのだけ、今夜は一回休む。好きじゃなくていい。でも嫌いにもならない。その間のどこかに、今夜の自分を置いておく。
「これでいい」は「これが好き」になる必要はない。ただ、「これが今の私だ」と見えていれば、それで十分だ。
好きにならなくていい。ただ、今夜の自分を責めるのを、一回だけ休んでみてほしい。