「私なんかが」が口癖になっていた
「私なんかに声をかけてくれてありがとう」と言ったら、相手に「なんか、ってなに」と言われた。
えっ、と思った。「なんか」って、普通に使う言葉じゃないのか。
でも言われてみると、確かに変だ。「私なんかに」——「なんか」は何を指しているのか。「大したことない私」ということか。「声をかける価値のない私」ということか。
そんなつもりはなかった。でもそう言っていた。
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「なんか」が入る場所
「私なんかが言えることじゃないけど」
「私なんかでよければ」
「私なんかでごめんなさい」
——「なんか」は、自分を小さく見せるための言葉として、日常の中に溶け込んでいる。
謙遜として使っていることが多い。出しゃばらないための、予防線として使っていることもある。
「私は大きな存在じゃないですよ」と先に言っておくことで、何かを守ろうとしている。
でも「なんか」を使い続けることには、副作用がある。
言葉は感情を作る。「私なんか」と言い続けることで、本当に「なんか」な存在として自分を認識し始める。
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謙遜と自己否定の境界線
「私なんか」は謙遜のつもりだ。
でも謙遜は「出しゃばらないこと」であって、「自分を小さく見ること」じゃない。
「私にはまだ勉強が必要です」は謙遜だ。「私なんかにはまだ早い」は自己否定だ。
前者は「今の状態」を言っている。後者は「私という存在の価値」を言っている。この二つは、似ているようで、全然違う。
「なんか」は、自分の存在ごとを小さく見ている言葉だ。何かが足りないというより、そもそも私という存在が「なんか」だ、という意味になっている。
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「なんか」を抜いてみる
「私なんかが言えることじゃないけど」
→「私が言えることじゃないかもしれないけど」
「私なんかでよければ」
→「私でよければ」
「私なんかに声をかけてくれて」
→「私に声をかけてくれて」
「なんか」を一つ抜くだけで、言葉が変わる。同じ内容でも、自分への評価が変わる。
最初は違和感があるかもしれない。「私で」と言い切ることが、図々しい気がするかもしれない。でもその違和感は、「なんか」に慣れすぎた感覚が出しているものだ。
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今日、一回「なんか」を抜く
今日、「私なんか」と言いそうになったとき、一回だけ「なんか」を抜いてみてほしい。
「私でよければ」
「私が言うのも何だけど」
「私に声をかけてくれてありがとう」
——それだけでいい。
その一回が、「なんか」じゃない自分を、少しずつ認める練習になる。
「私なんか」をやめることは、自分を大きく見せることじゃない。ただ、あるがままの大きさで、ここにいることだ。
今日、「なんか」を一つ抜いた言葉を使ってみてほしい。違和感があっていい。それが変化の始まりだ。