自分のことを話すのが苦手な理由
「自分のことを話してよ」と言われると、困る。
何を話せばいいかわからない。「話すことが何もない」と思う。趣味もたいしたことないし、特別な経験もないし、面白いエピソードもない。
「普通のことしかないんですよね」と言う。相手は「そんなことないよ」と言う。でも本当に、何を話せばいいかわからない。
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「話すことがない」は本当か
「自分には話すことがない」と思っている人の多くは、実は話すことがないわけじゃない。
毎日何かを感じている。何かを考えている。好きなものも、嫌いなものも、気になることも、ある。
それが「話せること」として認識できていないだけだ。
「これは話すほどのことじゃない」
「こんな日常的なことを話してもつまらない」
「私の経験はたいしたことない」
——そう思って、フィルターをかけている。フィルターを通過した「話せること」が、ほとんど残らない。
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自己開示の前にあるもの
自分のことを話すためには、話す内容が必要だ。でもその前に、もう一つ必要なものがある。
「自分のことを話していい」という許可だ。
「私のことを話しても、誰かが興味を持ってくれるかどうかわからない」
「私の日常は平凡だから、話す価値がない」
——そういう感覚があると、話す前に止まる。
許可が出ていないから、内容を探すところまでたどり着けない。
これは自己開示のスキルの問題じゃない。自己受容の問題だ。「今の自分の話を、出してもいい」という感覚が、まず必要だ。
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「たいしたことない」が口癖になると
「私のことはたいしたことない」を繰り返していると、本当にそう信じるようになる。
自分の感情や経験を「話すほどのことじゃない」と判断し続けると、その感情や経験は、外に出る機会を失い続ける。外に出ない感情は、自分の内側でも、だんだん認識されにくくなる。
自分が何を感じているか、何を好きか、何を嫌だと思っているか——その感覚が、鈍くなっていく。
自己開示の苦手さは、自分を知ることの苦手さにも、つながっていく。
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「今日こんなことがあって」から始める
自己開示は、深い話じゃなくていい。
「今日、職場でこんなことがあって」
「最近これが気になってて」
「昨日食べたごはんがおいしかった」
——日常の小さな断片でいい。
それを誰かに話す。相手がどう反応するかは、話した後に確認すればいい。話す前から「つまらないかな」と心配しなくていい。
「今日のことを話す」という小さな行為が、「自分の話を出していい」という経験を積み重ねる。
今日あったことを一つ、誰かに話してみてほしい。それがどんなに小さくても、あなたの話は出していい。