意見を聞かれると頭が真っ白になる
「あなたはどう思う?」
その一言で、頭が真っ白になる。
意見がないわけじゃない。さっきまで、なんとなく思うことがあった。でも聞かれた瞬間に、それがどこかへ消える。「えっと」「そうですね」「どうでしょう」
——言葉を探しているうちに、場が静かになる。
笑ってごまかす。「みんなの意見と同じで」と言う。
聞かれるたびに、少しだけ自分が小さくなる気がする。
✦ ✦ ✦
意見がないのではなく、出せない
「私は意見がない人間なんだ」と思い込んでいる人がいる。
でも本当に意見がゼロの人は、ほとんどいない。
「どう思う?」と聞かれる前、ひとりでいるときは、何かを感じている。「これは好きだな」「あれはちょっと違うな」「なんとなく気になる」
——感覚はある。
それが、聞かれた瞬間に出てこなくなる。
なぜか。「感覚を出す」ことと「意見を言う」ことの間に、検閲が入るからだ。
感覚はある。でもそれを言葉にする前に「これは正しい意見か」「的外れじゃないか」「場の空気に合っているか」というフィルターがかかる。フィルターを通過できなかった感覚は、外に出る前に消える。
✦ ✦ ✦
「正解を言わなきゃ」という呪い
意見を聞かれると頭が真っ白になる人の多くは、「正解を言わなきゃいけない」と思っている。
意見に正解はない。でも「正解を言わなきゃ」という感覚は、特定の場面で強くなる。職場での会議、目上の人がいる場、大勢が見ている場——「間違ったことを言ったら評価が下がる」という恐れが、感覚を封じる。
これは慎重さではなく、「自分の感覚は信頼できないかもしれない」という不信から来ている。
自分の感覚を疑い始めると、出口がなくなる。感じていることを言おうとするたびに、「でもこれは合っているのか」と立ち止まる。確認する方法がないから、止まったまま終わる。
✦ ✦ ✦
「私の感覚」でいい
意見とは、正解ではない。
「私はこう感じた」「私にはこう見えた」
——それが意見だ。事実の正確さや論理の正しさとは、別の話だ。
あなたが「なんとなくこう思う」と感じたなら、それはあなたの感覚として本物だ。それを言葉にすることは、正解を言うことじゃない。自分の感覚を、外に出すことだ。
「私はこう感じたんですけど」「なんとなくなんですが」
——そういう前置きをつけてもいい。完璧な意見じゃなくていい。感覚を、そのまま出す。
「私の感覚でいい」と思えたとき、頭の真っ白が、少し晴れる。
✦ ✦ ✦
「なんとなく」を一回言う
次に意見を聞かれたとき、「なんとなくなんですが」と前置きして、感じていることをそのまま言ってみてほしい。
まとまっていなくていい。論理的じゃなくていい。「なんか、こっちの方が好きだなって思って」でいい。
相手は、正解を求めているわけじゃない。あなたの感覚を聞きたくて、聞いている。
その一回が、「私の感覚を出してもいい」という経験になる。
「どう思う?」と聞かれたとき、正解を探さなくていい。「私はこう感じた」を、そのまま出してみてほしい。