比べてしまう自分を責めなくていい理由
また比べてしまった。
友人の転職の話を聞いて、自分の今の仕事と比べた。
SNSで誰かの旅行の写真を見て、自分の週末と比べた。
同期の昇進を聞いて、自分のポジションと比べた。
比べてしまうたびに、少し落ち込む。そして「また比べてしまった」と、自分を責める。
二重に消耗する。
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比較は、止められない
「比べるのをやめよう」と思っても、比較は止まらない。
人間の脳は、周囲との比較をやめられない。それは生存のための本能的な機能だ。周りの状況を把握して、自分の立ち位置を確認する。その機能は、意志の力では止められない。
「比べてしまう自分がダメだ」と責めても、比較はなくならない。責めた分だけ消耗が増えるだけだ。
まず、比較は止められないものだと認めることが、出発点だ。
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比較が消耗する理由
比較が消耗するのは、比べること自体が問題なのではなく、比べ方が問題だ。
「誰かより上か下か」という比較は、終わりがない。上には上がいる。どこまで行っても、自分より上の誰かはいる。このタイプの比較は、満足のゴールを持てない。
また、SNSの比較のように「相手の良い面と自分の全体」を比べる非対称な比較も、消耗しやすい。
比べること自体が悪いのではない。何を基準にして、どう使うかが、消耗するかどうかを決める。
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比較を、道具に変える
比較の基準を「他人」から「過去の自分」に変えると、比較の質が変わる。
去年の自分と比べて、何かが変わったか。先月より、少し楽になったか。一年前より、自分の感覚に正直でいられるようになったか。
この比較は、自分の変化を確認する道具になる。他人を消すことなく、基準だけを変える。
もう一つ。「いいな」と思った比較を、羨ましさで終わらせずに「私は何が好きなのか」を確認する道具にする。誰かの部屋を見て「いいな」と思ったなら、「私はどんな空間が好きなのか」という問いに変える。
比較は消えない。でも使い方は変えられる。
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比べた自分を、責めない
次に誰かと比べてしまったとき、責めないでほしい。
「また比べてしまった」ではなく、「比べたんだな」とだけ思う。責めずに、ただ認める。
その後で、「私は何が気になったんだろう」と一回だけ聞いてみる。その答えの中に、自分が何を求めているかのヒントがある。
比べてしまう自分は、ダメじゃない。それはあなたが何かを大切にしている証拠だ。