「もっとかわいければ」をやめた
「もっとかわいければ」と思う瞬間がある。
もっとかわいければ、あの人に話しかけられた。
もっとかわいければ、もっと自信を持って動けた。
もっとかわいければ、もっといろんなことができた。
「もし」の仮定の話が、いつの間にか現実の言い訳になっていた。
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「もっと〇〇なら」の構造
「もっとかわいければ」
「もっとスタイルがよければ」
「もっと若ければ」
——「もし〇〇なら」という仮定の言葉は、今の自分に欠けているものを前提にしている。
今の自分には何かが足りない。
その何かが揃えば、できることがある。
できていないのは、その何かが足りないからだ
——という論理だ。
この論理は、一見自己分析のように見えるけれど、今の自分に可能性がないという結論を、先に出している。
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「もし」は検証されない
「もっとかわいければ」の問題は、検証できないことだ。
「もっとかわいい自分」は仮定だから、それが本当にそうなのかを確かめる方法がない。「もっとかわいければ自信が持てた」は、確かめようがない。
検証できない仮定は、「もしそうなら〇〇なのに」として、ずっとそこに残り続ける。今の自分を「足りない状態」として固定し続ける。
「もし」を使い続けることは、今の自分から可能性を取り上げることだ。
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「もっとかわいければ」を手放したとき
「もっとかわいければ」という仮定を手放すと、何が残るか。
今の顔と、今の体と、今の自分だ。
その今の自分で、何ができるかを考えるしかなくなる。仮定の話ではなく、現実の話として、今の自分からどこへ行けるかを、初めて考えられる。
「もし〇〇なら」がある間は、「今の私では」という制約がずっとある。手放したとき、その制約が消える。
「もっとかわいければ」をやめることは、今の自分に可能性を返すことだ。
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「もし」を「今の私は」に変える
「もっとかわいければ〇〇できた」という言葉が出てきたとき、一回変換してみてほしい。
「今の私は、〇〇しようとしているか」。
「もし」の仮定ではなく、「今の私」を主語にする。仮定の話を現実の話に引き戻す。
その変換が、「今の自分で動く」という選択肢を、視界に入れる。
「もっとかわいければ」の先に答えはない。「今の私は」から始めるしかない。そこから始めていい。