「こんな私を好きなんておかしい」と思っていた
彼が「好き」と言ってくれるたびに、心のどこかで思っていた。
「こんな私を好きなんて、この人はどこかおかしいのかもしれない」
冗談ではなく、本気でそう思っていた。
特別に美人でもない。
話が面白いわけでもない。
料理が得意なわけでも、気が利くわけでもない。
「私の何がいいの」と聞いたことがある。彼は少し困った顔をして、「全部」と言った。その答えが一番困った。全部なんて、ありえない。
だって、「全部」の中には、自分が嫌いな部分も含まれているから。
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「こんな私を好きなんておかしい」——この言葉を分解すると、三つの層がある。
第一層。自分で自分を低く評価している。「こんな私」の「こんな」には、すでに値引きが含まれている。自分に対する定価が、最初から安い。
第二層。相手の判断力を疑っている。「おかしい」と言っているのは、「私を選ぶ人は、見る目がない」と言っているのと同じだ。つまり自分を否定しているつもりで、相手の選択も否定している。
第三層。愛を受け取ることへの恐怖がある。「好き」を信じてしまったら、失ったときに壊れる。だから最初から「ありえない」としておけば、傷つかずに済む。
この三つの層のどれにも、共通しているものがある。
自分で自分を認められていない、ということだ。
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ここで、一つだけ視点を変えてみたい。
あなたが「こんな私を好きなんておかしい」と思うとき、あなたは自分の目で自分を見ている。その目は、長年の自己否定によって歪んでいる。
でも、彼は別の目で見ている。
あなたが「つまらない」と思っている話し方を、彼は「落ち着く」と思っているかもしれない。
あなたが「地味だ」と思っている顔を、彼は「ずっと見ていたい顔だ」と思っているかもしれない。
あなたが「何もない」と思っている自分の中に、彼は確かに何かを見つけている。
どちらの目が正しいか、という話ではない。
ただ、自分の目だけが真実だと思い込んでいると、永遠に相手の「好き」は受け取れない。
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「こんな私を好きなんておかしい」を、今すぐ「私は愛される存在だ」に書き換える必要はない。
それは飛躍が大きすぎる。
でも、一つだけ小さな書き換えを試してみてほしい。
「こんな私を好きなんておかしい」を、「こんな私を好きだと言ってくれる人がいる」に。
評価を入れない。否定も肯定もしない。ただ事実として受け止める。
「いる」。それだけ。
その事実を否定せずに置いておくこと。それが、自分を認める最初の一歩になる。
あなたを好きだと思う人がいる。その人の目に映るあなたは、あなたが思っているよりも、ずっと素敵だ。
今はまだそれを信じられなくてもいい。ただ、否定しないでいるだけでいい。