相手の好みに合わせて自分を変えていた
彼がロックを好きだと知って、ロックを聴き始めた。
彼がアウトドア派だと知って、登山靴を買った。
彼が「髪は長い方が好き」と言ったから、切るのをやめた。
振り返ると、恋愛するたびに自分の輪郭が変わっている。
好きな人のAさんといた頃はカフェ巡りが趣味だった。
Bさんといた頃は映画に詳しくなった。
Cさんの頃はランニングをしていた。
それぞれの時期の自分を思い出すと、そこにいるのは「自分」ではなく、「相手の好みに最適化された誰か」だ。
別れた後に残るのは、もう聴かないプレイリストと、もう履かない登山靴だけ。
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相手に合わせること自体は、悪いことではない。
新しい趣味を知るきっかけになることもあるし、相手の世界に触れることで自分の視野が広がることもある。問題は、「自分の好き」を残したまま相手の世界に触れているのか、それとも「自分の好き」を捨てて相手の世界に乗り換えているのか、その違いだ。
後者の場合、起きていることは明確だ。
自分基準を相手基準にすり替えている。
「私はこれが好き」ではなく「彼がこれを好きだから私も好き」。この構造の中に、自分の意志はない。あるのは「彼に好かれるための選択」だけだ。
これを繰り返すと、恋愛が終わったとき、自分の手元に何も残らない。相手のために組み上げた趣味も、好みも、生活スタイルも、相手がいなくなれば意味を失う。そして毎回、「私って何が好きだったんだろう」という問いに戻される。
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なぜ、相手の色に染まってしまうのか。
それは「自分の色に自信がない」からだ。
自分の好きなもの、自分の趣味、自分の価値観——それらが「相手に選ばれるに値するもの」だと思えていない。だから、確実に相手に受け入れられる「相手の好み」に自分を合わせる。安全策として、自分を消す。
でも、考えてみてほしい。
相手はなぜあなたに興味を持ったのか。「自分と同じ趣味だから」だろうか。もしそうなら、相手は自分の鏡が欲しかっただけだ。そうではなく、あなたの何かに惹かれたのだとしたら、その「何か」は相手の好みに合わせる前のあなたの中にあったはずだ。
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次に相手の好みに合わせそうになったとき、一つだけ確認してほしいことがある。
「これは私もやってみたいことだろうか。それとも、彼に好かれるためにやろうとしていることだろうか」
答えが後者なら、無理にやらなくていい。
相手の世界を知ることと、自分の世界を手放すことは、まったく別のことだ。
あなたの色は、誰かの色で上書きしなくていい。