好きな人の前で「いい子」になってしまう理由
友達の前では言いたいことを言える。職場でもそれなりに自分を出せる。
なのに、好きな人の前になると、途端に別の人間になる。
相手が好きそうな話題を選ぶ。
相手が喜びそうなリアクションをする。
本当は興味がない映画を「観たい」と言い、本当は苦手な食べ物を「好き」と答える。
嫌なことを言われても笑って受け流す。
意見を聞かれたら、相手と同じ答えを返す。
完璧な「いい子」。
でも家に帰ると、どっと疲れている。そして気づく。今日一日、自分の本当の言葉を一つも言っていなかったことに。
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「いい子」を演じるのは、嫌われたくないからだ。それはわかっている。
でも、もう少し深く掘ると、そこには一つの方程式が見えてくる。
「素の自分=愛されない自分」
この方程式が心の中にあるから、好きな人の前では素の自分を隠す。代わりに「愛されるバージョンの自分」を差し出す。相手の好みに合わせて、笑い方も、話し方も、趣味も、価値観も調整する。
問題は、この戦略が「成功」してしまうことだ。
相手は「いい子」のあなたを好きになる。デートは続く。関係は進む。でも、あなたの中には安心がない。なぜなら、好かれているのは本当の自分ではないとわかっているからだ。
演じた自分を好かれるほど、本当の自分が否定されたように感じる。愛されているのに、孤独になる。恋愛の中で最も苦しい構造が、ここにある。
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では、なぜ「素の自分=愛されない」と思い込んでしまうのか。
多くの場合、それは過去の小さな経験の蓄積だ。
自分の意見を言ったら場が凍った。
好きなものを「変だね」と言われた。
素直に甘えたら「重い」と言われた。
そういう経験が一つ、二つと積み重なるうちに、「自分をそのまま出すと、人は離れていく」という学習が完成する。
だから、好きな人の前では安全策をとる。相手が望む自分を提供する。それが最も傷つかない方法だと、無意識に選んでいる。
でも、ここで一つ問いかけたい。
相手が望む自分を演じ続けて、その関係はいつまで持つだろうか。そして、演じ続けた先に残るのは、愛されている実感だろうか。それとも、本当の自分を見せられなかった後悔だろうか。
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いきなり全部をさらけ出す必要はない。
でも次に好きな人と話すとき、一つだけ試してほしい。
相手の意見に合わせそうになったとき、「私は、こっちの方が好きかもしれない」と、一言だけ自分の感覚を口にしてみる。
それが通っても通らなくても、大丈夫。
大事なのは、素の自分を一つ出してみたという事実だ。その一つが、「素の自分=愛されない」の方程式に入る、小さなバグになる。