「飽きられたかも」が止まらない夜のこと
最初の頃と、何かが違う。
デートの頻度。
LINEの長さ。
こちらを見る目の温度。
全部、なんとなく——ほんの少しだけ、下がっている気がする。
気のせいかもしれない。でも一度気づいてしまうと、もう気のせいだと思えない。
「飽きられたのかもしれない」
その言葉が頭に浮かんだ瞬間から、すべてが証拠に見え始める。前は自分から送ってくれていたLINE。前は笑ってくれていた冗談。前はもっと近くに座っていた距離。「前は」が頭の中で繰り返されるたびに、今の自分が値引きされていく。
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「飽きられた」という言葉の中に、一つの前提が隠れている。
それは、「私は飽きられる存在だ」という自己認識だ。
もし自分に揺るぎない自信があったら、相手の態度が少し変わっても「疲れてるのかな」で済む。でも「飽きられたかも」が最初に来るのは、心のどこかで「この関係は、相手が興味を持ち続けてくれる限りしか成立しない」と思っているからだ。
つまり、あなたは相手の愛に「期限」を感じている。
その期限を延ばすために、もっと面白くならなきゃ、もっと可愛くならなきゃ、もっと相手の好みに合わせなきゃ——と自分を更新し続けようとする。新しいバージョンの自分を提供し続けなければ、いつか契約を切られるような感覚。
でも、恋愛はサブスクリプションではない。
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もう一つ、見てほしい構造がある。
「飽きられた」と感じるとき、あなたはたいてい「相手が何を感じているか」を想像している。でもその想像の中に、相手の本当の気持ちは一ミリも入っていない。入っているのは、あなた自身の恐怖だけだ。
相手の内面はわからない。わからないから、自分の一番怖い答えで空白を埋めてしまう。
「飽きられたかも」は、相手の気持ちの分析ではない。自分の中にある「私はいずれ飽きられる」という信念の投影だ。
この信念がある限り、相手が何をしても安心は長続きしない。今日「好き」と言われても、「でもいつか」と思ってしまう。その「いつか」は永遠に来ないかもしれないのに、来ることを前提にして今を過ごしている。
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「飽きられたかも」を完全に消す方法はない。
でも、その声が聞こえたとき、一つだけ自分に問いかけてみてほしい。
「これは相手の気持ちだろうか。それとも、私の恐怖だろうか」
たいていの場合、答えは後者だ。
そしてもう一つ。あなたが「飽きられたくない」と思っているその相手は、あなたが日々更新し続ける「新しいバージョンの自分」に惹かれたのではない。今のあなたに惹かれたのだ。
今夜、その事実だけを抱えて眠ってほしい。