「似合わないかも」ではなく「着てみたい」で選ぶ
ショップで、一着のブラウスに目が止まった。
少しだけ鮮やかな色。
普段は選ばないデザイン。
手に取って、胸の前にあてて、鏡を見た。
——似合わないかもしれない。
そう思った瞬間に、もう棚に戻していた。
試着すらしていない。
着てみたかった。
でも「似合わないかも」が先に立って、手が引っ込んだ。
帰りの電車の中で、少しだけ後悔した。着てみればよかったのに、と。
✦ ✦ ✦
「似合わないかも」で服を選ぶとき、実は服を見ていない。
自分の欠点を見ている。
「この色は顔がくすんで見えるかもしれない」
「この形は体型が目立つかもしれない」
「こういう服を着る顔じゃないかもしれない」
——全部、自分のマイナスポイントのリストだ。
服は本来、自分を表現するものだ。でも「似合わないかも」のフィルターを通すと、服が自分の欠点を暴く装置に変わってしまう。だから試着が怖い。鏡を見るのが怖い。新しいものに手を出すのが怖い。
結果、いつも同じような服を買う。無難な色。無難な形。失敗しないもの。つまり、「ときめかないけど傷つかない選択」を繰り返す。
✦ ✦ ✦
ここで一つ、視点を変えてみたい。
「似合うかどうか」は、誰の基準で決まるのだろうか。
骨格診断。
パーソナルカラー。
トレンド。
SNSで見た「〇〇体型に似合う服」。——全部、外からの基準だ。
もちろん、それらの知識は参考になる。でも、「似合う」の最終判断は、本来は自分がするものだ。
鏡の前に立って、「好きだ」と思えたら、それは似合っている。理論的に正解かどうかは関係ない。自分の感覚が「これを着ている自分が好きだ」と言えるかどうか。それだけが基準でいい。
「似合わないかも」は外側の基準で自分を検閲している。「着てみたい」は内側の感覚に従っている。どちらが自分の基準かは、明らかだ。
✦ ✦ ✦
「似合わないかも」を完全に消すのは難しい。長年の癖だから、簡単には抜けない。
でも、「似合わないかも」の横に、もう一つの声を置いてみてほしい。
「でも、着てみたい」
「似合わないかも。でも、着てみたい」——この二つが同時に存在していい。両方あっていい。そして、どちらに従うかを選ぶのは、あなた自身だ。
次にショップで気になる一着を見つけたら、一つだけやってみてほしい。
棚に戻す前に、試着室に入る。
買わなくていい。
ただ袖を通して、鏡の前に立つ。
鏡の中の自分を見て、「悪くない」と思えたら、それはもう似合っている。
そしてもし、ときめいたなら——それが、あなたの基準で選んだ一着になる。
——「似合う」は他人が決めるもの。「着たい」は自分が決めるもの。どちらの声を聴くかで、纏う空気が変わる。
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