ジムに通い始めたのは、痩せたいからじゃなかった
ジムには、苦い思い出がある。
過去に何度か入会した。「今度こそ痩せる」と意気込んで、最初の数回は張りきって通って、だんだん足が遠のいて、気づいたら半年。会費だけが引き落とされ続けて、ある日それに気づいて、自己嫌悪とともに退会した。「私はジムに向いてない」と、何度も思った。
だから、もう二度とジムには行かないつもりだった。
それなのに、また入会届を出している自分がいる。でも、今回は、何かが違った。
「痩せるため」じゃなかったのだ。仕事と家の往復ばかりの毎日に、「自分のためだけの時間と場所」が欲しかった。誰にも邪魔されず、ただ自分の体を動かす時間。それが、ジムだった。
痩せることは、もう、目的じゃなくなっていた。
ジムが続かなかった、本当の理由
これまでジムが続かなかったのは、根性が足りなかったからじゃない。
入会したときのことを思い出してほしい。あなたは「痩せるため」に通っていた。つまり、ジムは「目的のための手段」だった。痩せるという結果が出なければ、通う意味がない。だから、すぐに結果が出ないと、「効果がないのかな」「意味あるのかな」と思って、足が遠のいた。
それに、「痩せるために行かなきゃいけない場所」は、義務だ。義務は、しんどい。仕事で疲れた日に、義務がもう一つ増えるのは、つらい。だから、行かない理由を探すようになる。「今日は疲れてるから」「明日まとめてやろう」。そうして、少しずつ通わなくなる。
手段としてのジムは続かない。でも、目的としてのジムは続く。
「痩せるために行く場所」ではなく、「自分のための時間を過ごす場所」。そう捉え直したとき、ジムは義務から、ごほうびに変わる。疲れた日にこそ、行きたくなる。体を動かして、汗をかいて、頭を空っぽにする。その時間そのものが、目的になる。
「自分のための時間」という贅沢
一人暮らしでも、家にいると、なぜか自分のための時間が持てない。家事をしたり、スマホを見たり、なんとなく一日が溶けていく。本当の意味で、「自分とだけ向き合う時間」は、意外と少ない。
ジムに行くと、その時間が、強制的に確保される。
スマホを置いて、体を動かす。汗をかきながら、考えるのは自分の体のことだけ。「今日はちょっと重いな」「ここの筋肉、使えてるな」。誰のことも考えず、何も気にせず、ただ自分の体と対話する。
これは、痩せる痩せない以前に、自分を大切にする時間そのものだ。仕事のためでも、誰かのためでもなく、自分のためだけに確保した、純粋な時間。
そう考えると、ジムの会費は、痩せるための投資ではなく、「自分のための時間」を買うための費用だ。そう捉えると、たとえ体重が劇的に変わらなくても、その時間には十分すぎる価値がある。
もちろん、続けていれば、体は少しずつ変わるかもしれない。でも、それは目的じゃない。目的は、自分のための時間を持つこと。結果は、あとから勝手についてくる。
✦ ✦ ✦
もう一度ジムに通おうかと迷っているなら。あるいは、運動を始めたいけど続く自信がないなら。
一度だけ、動機を問い直してみてほしい。
「痩せるために行く」のか、「自分のための時間を持つために行く」のか。
前者だと、たぶんまた続かない。結果が出るまで、ずっと義務感に追われることになるから。
でも後者なら、続くかもしれない。痩せても痩せなくても、その時間自体が、あなたへのごほうびになるから。
ジムじゃなくてもいい。プールでも、ヨガでも、ダンスでも。「自分のためだけに、体を動かす時間」を、生活の中に一つ持ってみる。それは、忙しいあなたが自分にあげられる、いちばん贅沢な自己満足だ。
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