キャンメイクから一つだけ、デパコスを混ぜてみた
メイクポーチの中身は、ずっとプチプラだった。
キャンメイク、セザンヌ、ケイト。安くて優秀で、何も不満はない。デパートのコスメ売り場は好きで、よく眺めるけれど、買ったことはほとんどない。BAさんに声をかけられると緊張するし、心のどこかで「私が買うようなものじゃない」と思っていた。
ある日、デパコスのカウンターで、一本のリップに目が留まった。きれいな色。手に取ってみると、ケースまで上品で、持っているだけで気分が上がりそうだった。
値段を見て、一瞬ためらった。いつものリップの、3倍以上。
でも、その日は買ってみた。「一つくらい、いいか」。レジで支払うとき、少しだけ緊張した。でも、きれいな紙袋を持って店を出たとき、なぜか背筋が伸びた気がした。
翌朝、そのリップをつけた。鏡の中の自分が、ほんの少し、違って見えた。
「私が買うものじゃない」の正体
デパコスを前にして「私が買うようなものじゃない」と思うとき、何が起きているのだろうか。
それは、値段の問題のように見えて、実は違う。本当は、「私には、これにふさわしい価値がない」という、自己評価の問題だ。
いいものは、価値のある人が持つもの。
私はそこまでの人間じゃない。
だから、プチプラで十分。
——そんなふうに、無意識のうちに、自分に「分相応」のラインを引いている。そのラインは、財布の都合というより、自分をどう評価しているかの表れだ。
褒められたとき「私なんて」と返してしまうあなたを、覚えているだろうか。デパコスを「私が買うものじゃない」と遠ざけるのも、構造はまったく同じだ。差し出された「いいもの」を、「私にはふさわしくない」と、自分で拒否している。
一本のデパコスを買うことは、ただの買い物じゃない。「私は、これを持っていい人間だ」と、自分に許可を出すことだ。その許可を、あなたは久しぶりに、自分に出した。
全部を変える必要はない。一つでいい
ここで誤解してほしくないのは、「プチプラをやめてデパコスにしましょう」という話ではない、ということだ。
プチプラは、優秀だ。安くて質がいいものは、たくさんある。それを使い続けることに、何の問題もない。「全部デパコスに揃えなきゃ」なんて思う必要は、まったくない。それこそ、他人の物差しの足し算に戻ってしまう。
大切なのは、全部を変えることじゃなくて、一つだけ、自分のために「いいもの」を許すこと。
ポーチの中の、たった一本。それが、毎朝つけるたびに「これ、好きだな」と思えるものなら、それで十分だ。その一本が、「私は、自分にいいものをあげていい人間だ」という感覚を、毎朝あなたに思い出させてくれる。
そして、その一本を選ぶ基準は、口コミでもランキングでもない。デパコスの棚の前で、「この色、好きだな」「これ、つけてみたいな」と、自分の中にときめきが動いたかどうか。誰かがおすすめしているからではなく、自分が見て、心が動いたかどうか。その身体感覚を、信じてほしい。
✦ ✦ ✦
次にデパコスの売り場を通りかかったら。いつものように素通りせず、少しだけ、足を止めてみる。
並んでいるものを眺めて、「これ、好きだな」と心が動くものがあったら、手に取ってみる。
そして、一つだけ、自分のために買ってみる。
「私が買うものじゃない」という声が聞こえてきたら、こう返してみてほしい。「いや、私は、これを持っていい人間だ」と。
その一本は、ただのコスメじゃない。あなたが自分に出した、小さな許可証だ。
明日の朝、それをつけたとき、鏡の中の自分に、ほんの少しときめけたら。その一本は、値段以上の価値を、あなたに返してくれている。
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