プチプラの服を一着減らして、ちゃんとした一着を買った
クローゼットを開けると、プチプラの服が、たくさん詰まっていた。
GUとユニクロとZARA。たまにSHEIN。安かったから買ったけれど、着ていない服も結構ある。同じような色、似たような形。「あれ、これ持ってたっけ」と思いながら、結局いつもの数枚をローテーションしている。
服はたくさんあるのに、「着るものがない」と毎朝悩む。それが、何年も続いていた。
ある日、思いきって、デパートのフロアで一着の服を試着した。値段はいつもの服の5倍くらい。素材がしっかりしていて、シルエットがきれいで、鏡の前で「いいな」と思った。
迷った末に、買った。そして家に帰ってからすぐ、プチプラの服を5着、メルカリに出品した。
クローゼットは、少し空いた。でも、満たされた感覚は、前より、ずっと強かった。
「たくさんあるのに、着るものがない」の正体
服はたくさんあるのに、着るものがない。
この矛盾は、なぜ起きるのだろうか。
理由は、シンプルだ。たくさんのプチプラ服は、「本当に着たい一着」を持っていないからだ。
安いから、なんとなく買った。
流行っていたから、買ってみた。
失敗してもいいから、試してみた。
そうやって買い集めた服には、「これを着たい」という強い気持ちがない。だから、たくさんあっても、毎朝迷う。「どれも、いまいち好きじゃない」という事実が、量で隠されているだけだ。
そして、量で満たそうとすると、もっと買いたくなる。「あと一着あれば」「次こそ正解の一着が」。終わらない買い物の連鎖に入っていく。クローゼットは膨らむけれど、満足は深まらない。
これは、お腹は膨れるのに満たされないお菓子食いと、構造が同じだ。本当に欲しいものを満たさずに、別のもので量を増やしている。
5着のプチプラより、1着の「これがいい」のほうが、ずっとあなたを満たしてくれる。それは、コスパの話じゃない。自分との関係の話だ。
「ちゃんとした一着」が、ちゃんとした自分を作る
「ちゃんとした一着」を着た日のことを、思い出してみてほしい。
それは、ただの服じゃない。袖を通した瞬間、なんとなく姿勢が伸びる。歩き方が変わる。鏡の中の自分を、もう少しじっくり見たくなる。
これは、服が高いからじゃない。自分で選んだ「これがいい」を身につけているという実感が、自分の振る舞いを変えているのだ。
逆に言えば、なんとなく着ているプチプラの服は、なんとなくの自分を作る。雑に選んだ服は、雑に扱う日常を作る。「どうせプチプラだし」と思っている服を着ているとき、あなたは無意識に「どうせ私だし」と、自分のことも扱っている。
服は、毎日身につけるものだ。一日の大半を、それと一緒に過ごす。だからこそ、服の質は、自分への態度の質と、深いところで繋がっている。
たくさんのプチプラの中から「これがいい」と思える一着を見つけられないなら、量を減らして、質を上げてみる。一着でいい。「これを着ている自分が好きだ」と思える服を、クローゼットに、一着だけ持つ。
その一着が、あなたの自分への態度を、少しずつ、変えていく。
✦ ✦ ✦
今度、新しい服を買おうとしたとき。
「安いから3着」を、「いい一着」に変えてみる。
3着分の予算で、本当にときめく一着を、一つだけ選ぶ。
試着して、鏡の前で「これを着ている私、いいな」と思える一着。色も形も素材も、自分の感覚で「これがいい」と思えるもの。
そして、その一着を持ち帰る日に、家に帰ったら、クローゼットの中から、もう着ていないプチプラを何着か、手放してみる。
クローゼットは、少し空く。でも、空いた分だけ、あなたの「好き」だけが残る。
「好き」だけが残ったクローゼットは、毎朝、あなたに小さなときめきをくれる。「着るものがない」と悩む朝が、「今日はこれを着たい」と選べる朝に変わる。それは、服だけの話じゃない。自分との付き合い方が、変わり始めているということだ。
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