下着を、見せるためじゃなくて自分のために選び直した
下着は、ずっと「とりあえず」のものをつけていた。
セールで安かったもの、なんとなく買い足したもの、よれてきても捨てていないもの。毎日身につけるのに、毎日「とりあえず」を着けていた。
理由は、はっきりしていた。誰にも見せないから。恋人もいないし、見せる予定もない。だったら、わざわざいいものを買う必要はない、と思っていた。
ある日、ふと、デパートの下着売り場で立ち止まった。きれいな色のものが、丁寧に並んでいる。手に取ると、布の質感が、いつものものとは全然違った。「これ、つけたら気持ちいいだろうな」と、初めて思った。
買って、家でつけてみた。確かに、気持ちよかった。一日中、自分が大切にされている感覚があった。
誰にも見えない。誰にも気づかれない。それなのに、私は確かに、自分を丁寧に扱っていた。
「見せないから、適当でいい」の落とし穴
下着を「とりあえず」で済ませてきた理由を、思い返してみる。
「誰にも見せないから」「見えないところだから」「自分しか知らないし」。
これらは、もっともらしい理由に聞こえる。でも、その根っこにあるのは、こんな感覚だ。「自分しか見ない場所には、価値を置く必要がない」。
人の目があるところには気を使う。化粧をする、髪を整える、服装を考える。でも、人の目がないところには、手をかけない。下着、部屋着、休日のすっぴん、誰も来ない部屋。「自分しか見ないから、適当でいい」と、ぞんざいに扱う。
これは、自分の人生において、誰の目を主役にしているかという話だ。他人の目には気を使うのに、自分の感覚は後回し。あなたの毎日の主役は、見られる自分であって、見ている自分ではない。
でも、考えてみてほしい。あなたの肌に毎日触れている下着の心地よさを、いちばん感じているのは、誰だろうか。あなた自身だ。よれた下着の気持ち悪さを、いちばん知っているのも、あなただ。
「見えない」ことは、適当でいい理由にはならない。むしろ、見えないからこそ、そこに自分への態度が、いちばん正直に表れる。
見えない場所が、纏う空気を作る
きれいな下着をつけている日、何が変わるだろうか。
服装は同じ。髪型も同じ。誰から見ても、外側は変わらない。それなのに、自分の中で、何かが違う。
姿勢が少しよくなる。歩き方が、少し丁寧になる。自分が大切に扱われているという感覚が、行動全体に滲み出る。
これは、PRIELLEがずっと言ってきた「纏う空気」の、いちばん本質的な部分だ。空気は、外見だけでは作れない。見えない場所——下着、部屋、心の中——にまで丁寧さが行き届いたとき、外側からは見えないはずのその丁寧さが、不思議と表に滲み出てくる。
逆に、外側だけ整えても、見えない場所をぞんざいにしていると、その「ぞんざいさ」が、なんとなく空気として漏れる。完璧に化粧をして、ブランド物を持っていても、なんとなく雑な感じがする人がいる。それは、見えないところで自分を雑に扱っているからかもしれない。
下着を自分のために選び直すことは、誰にも見せるためじゃない。見えない場所で自分を丁寧に扱える人になることだ。そしてそういう人の纏う空気は、見ようと思って見るものじゃなく、自然と伝わる。
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クローゼットの下着を、一度、見直してみる。
「とりあえず」でつけているもの。よれてきているのに捨てていないもの。色が褪せてきたもの。
それらを、いっぺんに変える必要はない。
ただ、新しく一枚だけ、「自分が心地いいか」で選んでみる。
肌触り、色、形。誰かに見せることは考えず、ただ自分がそれをつけたとき、どんな気持ちになるかで選ぶ。
そして、つけた日の自分を、観察してみてほしい。誰も気づかない。誰にも見えない。でも、あなたは知っている。今日の自分は、見えない場所まで丁寧に扱われている、と。
その小さな実感が、見える場所の振る舞いまで、少しずつ変えていく。
自分しか知らないところに、いちばん丁寧さを置ける人。それが、本当の意味で自分を大切にできる人だ。
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