「かわいくなりたい」の「かわいい」は、誰が決めたのか
保存ボタンを押しながら、ふと手が止まった
日曜の夜、ベッドの上。垢抜けメイクの動画を見て、保存ボタンを押す。「かわいくなりたいな」といつものように思う。
そこで、ふと手が止まった。いま私が思い浮かべた「かわいくなった私」の顔——それは誰の顔だっただろう。
正確に思い出すと、それは自分の顔ではなかった。さっきまで見ていたインフルエンサーの顔に、自分の輪郭をうっすら重ねたもの。つまりあなたは「かわいくなりたい」と願いながら、他人の顔になりたいと願っていた。願い自体は本物なのに、願いの中身が借り物だった。
「かわいい」には、いくつもの版がある
「かわいくなりたい」とひとことで言うけれど、解凍してみると、中身は一種類ではない。
モテるためのかわいい。これは男性の好みから逆算された版で、ベースは「選ばれるため」。誰かと並んだときに恥ずかしくないかわいい。これは比較から生まれた版で、ベースは「負けないため」。SNSでいいねがつくかわいい。これは画面映えから逆算された版で、ベースは「数字のため」。
そして、もうひとつ。鏡を見たときに自分がときめくかわいい。これだけが、外に審査員のいない版だ。
問題は、これらが全部「かわいくなりたい」という同じ一語に圧縮されてしまうこと。だからメイクを変えても服を買っても、どこか満たされない。どの版の「かわいい」に向かって歩いているのか、自分でもわかっていないまま歩いているからだ。
借り物の願いは、達成しても満たされない
借り物の「かわいい」が厄介なのは、間違っているからではない。達成してもゴールテープが切れないからだ。
モテるためのかわいいは、モテの基準が人によって違うから、永遠に確定しない。比較のかわいいは、比較対象が無限に供給されるから、永遠に終わらない。数字のかわいいは、アルゴリズムが変わるたびに正解が変わる。どれも、審査員が外にいる。外にいる審査員は、いつまでも採点をやめてくれない。
鏡の前のときめきだけが、あなたの中で完結する。今朝のリップが「いいな」と思えたら、その瞬間に達成される。誰の承認も、追加の審査もいらない。
願いを捨てなくていい。中身を入れ替えればいい
誤解しないでほしいのは、「かわいくなりたいと思うのをやめましょう」という話ではないことだ。その願いは大事にしていい。垢抜け動画を見るのも、保存するのも楽しいなら続けていい。きっかけはInstagramでも構わない、というのがこのメディアの一貫した立場だ。
変えるのは一点だけ。最終判定を、自分の鏡の前に持って帰ってくること。
動画で見たメイクを試してみる。鏡を見る。ときめいたら、それはあなたの「かわいい」に採用。ときめかなかったら、どれだけバズっていても不採用。判定者があなたになった瞬間、同じ「かわいくなりたい」が、借り物の願いから自分の願いに変わる。
✦ ✦ ✦
明日の朝、ひとつだけ聞いてみる
「かわいくなりたい」は、捨てなくていい願いだ。ただし、その「かわいい」の定義者は、あなたでいい。
明日の朝、メイクを終えて鏡を見たら、ひとつだけ自分に聞いてみてほしい。
——このかわいいは、誰に見せるためのかわいい? そして私は、いまの鏡にときめいている?
答えがすぐに出なくてもいい。聞く習慣ができるだけで、保存フォルダの中の「かわいい」と、あなたの「かわいい」が、少しずつ区別できるようになっていく。
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