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ビューティー STEP3

すっぴんの自分を、初めてちゃんと見た

 すっぴんの自分を、初めてちゃんと見た

夜、クレンジングを終えて、タオルで顔を拭いたあとのことだ。

いつもなら、そのまま化粧水に手を伸ばして、鏡はほとんど見ない。見ても、目に入るのは気になる箇所だけ。小鼻の毛穴、増えてきた気がする小さなシミ、ファンデーションを落とした素の肌の頼りなさ。だから、無意識に視線をずらして、手だけを動かしていた。すっぴんの自分の顔を、正面から、まっすぐ見ることは、ほとんどなかった。

でもその夜は、なぜか鏡の前で手が止まった。そして、少しだけ勇気を出して、すっぴんの自分の顔を、初めてちゃんと見た。逃げずに、採点もせずに、ただ「これが私の顔だ」と。

不思議なことが起きた。何も、悪いことは起きなかった。


なぜ、すっぴんから目をそらしていたのか

考えてみれば、おかしな話だ。誰よりも長く付き合っているのは自分の顔なのに、その素顔を、私たちはいちばん見ないようにしている。

理由は、はっきりしている。すっぴんの自分を見ると、採点が始まってしまうからだ。化粧をした顔なら、「まあ、なんとかなっている」と思える。でも素の顔は、隠しようがない。毛穴も、くすみも、左右非対称も、全部そこにある。それを見た瞬間、「やっぱり私は」という減点の声が、どっと押し寄せてくる。だから、見ない。見ないことで、その声から自分を守っている。

すっぴんから目をそらすのは、顔が嫌いだからではない。すっぴんを見た自分が、自分を責めはじめるのが、こわいからだ。

これは、なかなか根が深い。化粧をすればするほど、素の顔とのギャップが気になり、素の顔がますます「見てはいけないもの」になっていく。SNSで加工された顔を見慣れれば見慣れるほど、生身の自分の顔が、粗く、頼りなく感じられる。こうして、いちばん身近な自分の顔が、いちばん直視できないものになっていく。

でも、目をそらし続けているかぎり、あなたと自分の顔の関係は、ずっと緊張したままだ。


「見る」ことは、「好きになる」ことではない

ここが、いちばん大事なところだ。

すっぴんをちゃんと見る、と聞くと、多くの人は身構える。「素の顔を好きにならなきゃいけないの?」「これでいいって思い込むの?」と。でも、そうではない。あの夜、あなたがしたのは、素の顔を好きになることでも、美化することでもなかった。ただ、否定もせず、美化もせず、そこにある顔を、そこにある顔として見た。それだけだ。

これは、自己受容のいちばん最初の一歩と、まったく同じ形をしている。今の自分を、無理に好きになるのでもなく、無理に肯定するのでもなく、ただ「これが今の私だ」と認める。すっぴんを見る、というのは、その練習を、顔でやっているようなものだ。

好きになろうとすると、力む。「好きにならなきゃ」というプレッシャーが、かえって「でも好きになれない」という反発を生む。でも、「ただ見る」なら、力まなくていい。毛穴があるな、と思う。シミが増えたな、と思う。目が腫れぼったいな、と思う。そのどれにも、○も×もつけない。事実を、事実として眺める。

考えてみれば、クレンジングを終えた鏡の前の1分は、1日のなかで、あなたが誰の目も気にしなくていい、数少ない時間だ。会社でも、外でも、あなたはずっと「見られる側」でいる。どう思われるか、変じゃないか。人の視線を意識しながら、1日を過ごす。でも、夜の洗面所には、観客がいない。評価する人も、比べる相手もいない。ただ、あなたと、あなたの素顔だけがいる。

その、誰にも見られていない1分こそが、自分との関係が、いちばん正直に出る時間だ。ここで自分を責めているか、ここで自分を認められているか。人前でどう取り繕っても、この1分の態度は、ごまかせない。だからこそ、この時間に、少しだけやさしくいられたら、それは、どこにいるときの自分にも、静かに滲んでいく。

不思議なもので、採点をやめて、ただ見るだけになると、あんなにこわかった素の顔が、少しずつ「ただの顔」になっていく。敵でも、コンプレックスの塊でもなく、毎日一緒にいる、見慣れた顔。その中立の距離感こそが、美しさの、いちばん静かな起点になる。


見られる顔から、見る顔へ

すっぴんを見られるようになると、顔との関係が、根っこから変わる。

これまで、あなたの顔は「見られる対象」だった。人からどう見られるか、恋人にどう映るか、写真にどう写るか。いつも、他人の視線を基準に、自分の顔を採点してきた。だから顔は、あなたのものでありながら、どこか他人に管理されているような、落ち着かない場所だった。

でも、すっぴんを自分の目で、逃げずに見られるようになると、顔は「あなたが見る場所」になる。他人の採点を待つ前に、まずあなたが見る。他人がどう思うかより先に、あなたがどう思うかがくる。顔の主導権が、他人からあなたに戻ってくる。

これは、外見を磨く話ではない。むしろ逆で、外見の完成度から、少し降りる話だ。素の顔を見られる人は、化粧で完璧に武装しなくても、平気でいられる。すっぴんに近い顔で「悪くないな」と思えるからこそ、そのあとに乗せる化粧が、隠すためではなく、楽しむためのものになる。

自分の素顔と、まっすぐ目を合わせられること。それは、どんなハイライトよりも、その人の輪郭を静かに照らす。


素顔を隠さずにいられる人の、静かな強さ

自分のすっぴんを、逃げずに見られるようになると、もう一つ、思いがけない変化が起きる。他人に素顔を見られることへの、あの張りつめた緊張が、少しずつ、ほどけていくのだ。

これまでは、たとえば急な来客や、泊まりの誘いに、心のどこかが身構えていた。「化粧をしていない顔を見られたくない」。すっぴんを見られることが、まるで、自分の欠点をさらけ出すことのように感じられた。だから、いつも武装を解けなかった。完璧に整えた顔だけを、人に見せていたかった。

でも、自分で自分の素顔を認められるようになると、この緊張が、少しずつ薄れていく。自分が「これでいい」と思えている顔は、人に見られても、そんなにこわくない。すっぴんを見られることは、欠点の露呈ではなく、ただ、飾らない自分を、そのまま差し出すことになる。それは、隠すことより、ずっと自然で、ずっと余裕のある態度だ。

もちろん、これは「すっぴんで人に会うべき」という話ではない。化粧をしたいときは、すればいい。ただ、「すっぴんを見られたら終わり」という恐怖から解放されること。それ自体が、自分をまるごと受け入れはじめたサインなのだ。素顔を隠さずにいられる人には、完璧に武装した人にはない、静かな強さがある。その強さは、肌の状態ではなく、自分への態度から来ている。

いちばん飾らない顔の自分を、自分が引き受けている。その事実が、その人の佇まいを、静かに落ち着かせる。


✦ ✦ ✦

今夜、クレンジングを終えたあと、いつものように鏡から目をそらす前に、5秒だけ、立ち止まってみてほしい。

そして、すっぴんの自分の顔を、正面から見る。気になる箇所を探しにいくのではなく、ただ、顔全体を見る。「これが私の顔だ」と、心の中で一度だけ言ってみる。好きにならなくていい。いいと思わなくていい。ただ、そこにある顔を、そこにある顔として、認めるだけでいい。

もし「でも毛穴が」と減点の声が聞こえてきたら、「うん、そうだね」とだけ返して、また顔全体に視線を戻す。責めるでも、慰めるでもなく。ただ、見る。

あなたが自分の素顔と仲直りするのに、必要なのは、完璧な肌ではなく、逃げない5秒だ。

そのすっぴんに、明日、あなたはどんな化粧を乗せるだろう。それは、隠すための化粧だろうか。それとも、もう十分に見慣れた顔に、機嫌をひとつ足すための化粧だろうか。

PRIELLE編集部

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