PRIELLE

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恋愛 STEP2

初デートの帰り道、「楽しかったです」と送ったあとの虚しさについて

初デートの帰り道、「楽しかったです」と送ったあとの虚しさについて

初デート。

お店は相手が選んでくれた。イタリアンだった。本当はあまりパスタの気分じゃなかったけど、「ここでいいですか?」と聞かれて「はい、嬉しいです!」と答えた。

席についてメニューを見る。「何にする?」と聞かれる。相手が何を頼むか確認してから、同じくらいの価格帯のものを選ぶ。本当はピザが食べたかったけど、手で食べるのは汚く見えるかもしれないから、ペンネにした。

会話は途切れなかった。相手の話に「そうなんですね」「すごいですね」と相づちを打ち続けた。自分の話もした。でも、どこまで言っていいか分からなくて、無難なことばかり選んだ。趣味は? と聞かれて「映画が好きです」と答えた。本当はホラー映画が好きだけど、引かれるかもしれないから言わなかった。

二時間が過ぎた。楽しかった。楽しかったはずだ。

店を出て、駅まで歩いて、「今日はありがとうございました」「楽しかったです」とLINEを送った。

相手からも「こちらこそ!また行きましょう」と返ってきた。

スマホを閉じる。電車に乗る。窓に映った自分の顔を見る。

あの二時間で、私はいったい何を見せたんだろう。

楽しかったはずなのに、胸の中に妙な虚しさがある。この虚しさの正体が分からない。


「嫌われないデート」をしていないか

あの二時間を振り返ってみる。

お店は相手に任せた。メニューは無難なものを選んだ。会話では当たり障りのないことだけ話した。趣味の深い部分は隠した。自分の意見はあまり言わなかった。相手の話にはしっかりリアクションした。

減点されそうなことは一つもしていない。失礼なこともしていない。変なことも言っていない。完璧に「感じのいい人」を演じきった。

そう。演じきった

あのデートは、「好かれるため」のデートではなく、「嫌われないため」のデートだった。

好かれるためなら、自分の魅力を出す必要がある。でも嫌われないためなら、何も出さないほうが安全だ。何も出さなければ、否定されるものがない。

だから、あなたは何も出さなかった。

帰り道の虚しさはそこから来ている。二時間かけて、あなたは相手に何も渡していない。相手もあなたの何も受け取っていない。二人の間を行き来したのは、当たり障りのない情報と礼儀正しいリアクションだけだ。

「楽しかったです」は嘘ではない。でも、本当の意味での接点は生まれていない


沈黙が怖い人は、沈黙の意味を誤解している

初デートで多くの人が恐れるもの。沈黙だ。

会話が途切れる。

数秒の空白。

何か話さなきゃ。

何でもいいから話題を出さなきゃ。

焦って天気の話をする。

食べ物の話をする。仕事の話をする。

とにかく沈黙を埋める 。

でも、沈黙は本当に「まずいこと」だろうか。

あなたの親しい友達を思い浮かべてほしい。一緒にカフェにいるとき、会話が途切れる瞬間がある。でも気まずくない。お互いにコーヒーを飲んで、窓の外を見て、またぽつりと話し始める。

この沈黙は心地いい。なぜなら、沈黙の中にも「一緒にいる」という安心感があるからだ。

初デートの沈黙が怖いのは、沈黙が「退屈だと思われている証拠」に見えてしまうからだ。

会話が止まった=つまらないと思われた=嫌われる。この等式が自動的に発動する。

でも、相手も同じように「何か話さなきゃ」と思っているかもしれない。二人とも沈黙を恐れて、中身のない会話を量産し続ける。会話の量は多いのに、終わったあとに何を話したか思い出せない。

沈黙を埋めることに必死なデートより、一つの話題をゆっくり深く話せるデートのほうが、記憶に残る。

「この映画が好きなんです」

「どこが好きなの?」

「うーん……」

と少し考える沈黙。これは悪い沈黙ではない。あなたが自分の言葉を探している時間だ。相手はその時間を待ってくれるかもしれない。待ってくれたなら、その人は悪くない人だ。

沈黙は敵ではない。沈黙にどう反応するかが、相性を見るチャンスだ。


「相手に合わせる」は優しさではなく、逃避だ

初デートで相手に合わせることを、多くの人は「気遣い」だと思っている。

お店は相手に任せる。相手の好きな話題に乗る。相手の意見に同意する。相手が笑えば笑う。相手のペースに合わせて歩く。

一つ一つは確かに気遣いに見える。でも、すべてを相手に合わせている場合、それは気遣いではなく、自分を出すことからの逃避だ。

相手に合わせていれば、自分の好みを否定されるリスクがない。自分の意見を「変だ」と思われるリスクがない。自分の選択がハズレだったときの責任もない。

安全だ。でも、安全な場所からは何も始まらない。

相手は、あなたに会いに来ている。あなたの好みを知りたくて、あなたの話を聞きたくて、あなたという人間を知りたくて、二時間を使っている。

なのに、あなたが「当たり障りのない誰か」を演じていたら、相手は二時間を使ってあなた以外の誰かと過ごしたことになる。

「合わせてくれる人」は確かに楽だ。でも、ずっと合わせてくれるだけの人に、もう一度会いたいと思うだろうか。

印象に残るのは、合わせてくれた人ではない。自分の輪郭を見せてくれた人だ。


二回目のデートに繋がらない本当の理由

「楽しかったです」と送ったのに、二回目がない。

この経験をした人は多いと思う。何がいけなかったのか、一人で反省会を開く。服装が悪かったのか。会話がつまらなかったのか。顔が好みじゃなかったのか。

でも、振り返るべきポイントはもっと別のところにあるかもしれない。

相手に「もう一度会いたい」と思わせる引っかかりを、あなたは残せていただろうか。

完璧に感じのいいデートは、印象に残らない。減点がないことと、加点があることは、まったく違う。

「あの子、ホラー映画好きって言ってたの意外だったな」

「あの子、ピザを手で豪快に食べてたの楽しかったな」

「あの子、急に真面目な顔で『私それ嫌いなんですよね』って言ったの面白かったな」

引っかかりは、あなたの個性が漏れた瞬間に生まれる。コントロールを外れたところに、人の魅力はある。

完璧に当たり障りなく過ごした二時間より、一瞬だけ素が出た二時間のほうが、「もう一回会ってみたいな」と思わせる力がある。


「また会いたい」は、完璧だったから生まれるのではない

ここで、大事なことを言っておきたい。

「また会いたい」と思うとき、人は相手の完璧さに惹かれているのではない。

「この人のこと、まだ分からない部分がある」

この感覚が、「また会いたい」を生む。

初デートで相手のすべてが分かったら、二回目の必要がない。分からないから、もっと知りたいと思う。もっと知りたいから、また会いたいと思う。

当たり障りのないプロフィール通りの人は、一回で「分かった」になりやすい。でも、ふいに見せた本音や、予想外の好みや、ちょっとした矛盾がある人は、「まだ何かありそう」と思わせる。

つまり、不完全さや予想外の要素こそが、二回目への扉を開く

あなたが隠した「ホラー映画が好き」は、言っていたら引っかかりになっていたかもしれない。あなたが我慢した「ピザが食べたい」は、「いいね、ピザにしよう」で距離が縮まったかもしれない。

隠せば隠すほど、安全になる代わりに、印象から消えていく。


デートは面接ではなく、実験だ

PRIELLEが提案したいのは、デートに対する見方の転換だ。

多くの人がデートを「面接」のように捉えている。合格か不合格か。受かるか落ちるか。だから緊張するし、完璧を目指すし、自分を飾る。

でもデートは面接ではない。実験だ。

「この人と私は、同じ空間にいて心地いいだろうか」を確かめる実験。

実験だから、結果はやってみないと分からない。合わなかったら、それは失敗ではなく「合わないと分かった」というデータだ。合っていたら、それは「もう少し試してみたい」という手応えだ。

面接なら、落ちたら自分に価値がないことになる。でも実験なら、結果が望み通りでなくても、自分の価値とは関係がない。ただ条件が合わなかっただけだ。

この見方を持つだけで、デートの緊張はずいぶん違うものになる。

✦ ✦ ✦

次にデートの予定が入ったとき。

一つだけ、実験してみてほしい。

デート中に、一つだけ本音を出す。

「実は私、ホラー映画めちゃくちゃ好きなんです」でもいい。「ここのメニューだったら私はピザがいいです」でもいい。「実は犬派より猫派です」でもいい。何でもいい。

たった一つ。自分の中の「言ったら引かれるかも」を超えて、本音を出す。

相手がそれを面白がってくれたら、次に繋がる可能性がある。引いたなら、その人とは合わなかっただけだ。

どちらにしても、あなたは「自分を出す」という実験をしたことになる。

帰り道、LINEで「楽しかったです」と送るとき。

今度は、その言葉の裏に虚しさがないことを願っている。

デートは「感じのいい私」を見せる場ではない。 「本当の私の一部」を見せて、それでも居心地がいいかを確かめる場だ。

PRIELLE編集部

PRIELLE編集部

PRIELLE 編集

「あなたの価値は、あなたが決める。」をコンセプトに、 自己価値を高めたい女性のための情報をお届けしています。

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