一人でレストランに入れない私へ
ランチの時間、一人だった。
近くにおいしそうなレストランがあった。入りかけて、止まった。カウンター席があるか確認した。なかった。テーブル席ばかりだった。一人でテーブルに座っている自分を想像して、なんとなく気まずくなった。
結局、コンビニでサンドイッチを買って、公園のベンチで食べた。
おいしかった。でもどこか、負けた気がした。
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誰も見ていない、は本当か
一人でレストランに入れない理由を聞くと、「恥ずかしいから」「周りの目が気になるから」という答えが返ってくることが多い。
では、何が恥ずかしいのか。
「一人でごはんを食べている私を、誰かに見られること」だ。見られて、「あの人、友達いないんだ」とか「かわいそう」とか思われることへの恐れ。
でも少し考えると気づく。レストランで周りの客を見て、「あの人、一人で来てる。かわいそう」と思うだろうか。
たぶん、思わない。そこまで他人に興味がない。みんな、自分のごはんと会話に集中している。
「見られている」という感覚は、多くの場合、現実よりずっと大きい。
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他人の目が気になるとき、本当に怖いのは何か
他人の目が気になる感覚を、もう少し内側に追いかけてみると、ある問いにたどり着く。
「一人でいる私を、どう評価されるか」——それへの怖さだ。
でもそれは、他人の目の問題じゃない。自分が自分をどう評価しているか、が出ている。
「一人でレストランに入るのは恥ずかしいことだ」という判断は、誰かから押しつけられたものじゃない。自分の中にある価値観だ。「一人でいる自分は、寂しく見える」「友達がいない人だと思われる」——この判断は、自分の目線から来ている。
他人が実際にそう思っているかどうかより先に、自分がそう思っている。
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「一人でいること」の意味を、自分がどう持っているか
一人でレストランに入ることを、何とも思わない人がいる。
その人たちが特別に自意識が低いわけじゃない。ただ、「一人でいること」に対して持っている意味が、違う。
「一人でごはんを食べるのは、自分のための時間だ」と思っている人は、他人の目を気にする前に、自分がその時間を楽しめるかどうかを考える。「一人でいること=寂しい人」という方程式を持っていない。
どちらが正しいかという話じゃない。ただ、「一人でいること」にどんな意味を貼り付けているかは、自分で選べる。
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まずカウンター席がある店から
一人でどこにでも入れるようになる必要はない。
まず、カウンター席がある定食屋か、一人客が多そうなカフェから始めてみてほしい。ハードルを低くする。それでも気まずければ、本を持っていく。スマホを開いていてもいい。
一人でいることに慣れることより、「一人の自分を恥ずかしいと思わない練習」が目的だ。
その一回が、「一人でいる自分でも大丈夫だ」という小さな経験になる。
他人の目は、意外と気にならない。
気にしていたのは、自分の目だった——そのことに、少しずつ気づいていく。
今度一人でランチをするとき、「誰かに見られている私」ではなく、「何を食べようかな」という自分の方を向いてみてほしい。