SNSを見るたびに自分が小さくなる気がする
スクロールする。
誰かの旅行の写真。誰かの昇進報告。誰かのきれいな部屋。誰かの幸せそうなごはん。誰かの、充実した週末。
見るたびに、何かが少しずつ削れていく気がする。
別に羨ましいわけじゃない。うらやんでいるつもりもない。ただ、なんとなく、自分がぼんやりしてくる。「私の毎日はこれでいいのかな」という問いが、静かに浮かぶ。
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比較は、止められない
「SNSを見て他人と比べるのをやめよう」というアドバイスがある。
でも比較は、意志で止められるものじゃない。
人間は本能的に、周囲と自分を比べる。それは生存のための機能だ。周りの状況を把握して、自分の立ち位置を確認する。その機能が、SNSに向かったとき、次々と比較材料を処理し続ける。
比較すること自体は、悪くない。問題は、何を基準に比べているかだ。
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SNSの比較が消耗する理由
SNSで見えるのは、誰かの「出したいもの」だ。
旅行の写真は、楽しかった瞬間だけが切り取られている。昇進報告は、そこに至るまでの苦労は見えない。きれいな部屋は、撮影前に片付けたかもしれない。
それはその人が嘘をついているわけじゃない。ただ、SNSという場所では、誰もが自分の「いい部分」を出す傾向がある。
でもそれを受け取る側は、「あの人の日常はいつもこうだ」と受け取りやすい。自分の「見せていない部分」を、相手の「見せたい部分」と比べる。その非対称な比較が、じわじわと消耗させる。
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「誰かより上か下か」から「昨日の私より」へ
比較の基準を変えることは、できる。
他人と比べる比較は、終わりがない。上には上がいる。どこまで行っても、自分より充実している誰かはいる。この比較は、満足のゴールが設定できない。
基準を自分の内側に置くと、比較の質が変わる。
昨日の自分と比べて、何か一つできたか。
先週よりすこし楽になったか。
去年より、自分の感覚に正直でいられるようになったか。
この比較は、自分の変化を見るための道具になる。 他人を消すことなく、基準だけを変える。
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SNSを閉じる前に、一つだけ
SNSをやめる必要はない。見続けてもいい。
ただ、閉じる前に一つだけやってみてほしい。
誰かの投稿を見て「いいな」と思ったとき、その感覚を「羨ましい」で終わらせずに「私は何が好きなんだろう」という問いに変えてみる。
旅行の写真を見て「いいな」と思ったなら、「私はどこに行きたいんだろう」。
誰かの部屋を見て「いいな」と思ったなら、「私はどんな空間が好きなんだろう」。
比較が、自分の「好き」を見つける道具に変わる。
SNSで小さくなるのは、比較のせいじゃない。基準が外にあるからだ。
次にSNSを閉じるとき、「誰かよりどうか」ではなく「私は何が好きか」を一つ見つけてみてほしい。