自分の機嫌を自分でとれるようになった
機嫌が悪いとき、誰かに気づいてほしかった。
「どうしたの」と聞いてほしかった。「大丈夫?」と声をかけてほしかった。それがないとき、もっと機嫌が悪くなった。
「なんで気づいてくれないんだろう」と思っていた。
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「機嫌をとってもらう」の構造
機嫌が悪いとき、誰かに気づいてもらって、言葉をかけてもらって、それで回復するサイクルは、一見普通に見える。
でもこのサイクルには、弱点がある。
気づいてくれる人がいない日、声をかけてもらえない日、そのサイクルが機能しない。そのとき、機嫌はもっと悪くなる。「気づいてくれない」という不満が加わって、二重に機嫌が悪くなる。
誰かに機嫌をとってもらうことに依存しているとき、機嫌は常に他人の手の中にある。
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機嫌は、自分が育てるもの
「機嫌を自分でとる」というと、強がることや、感情を押し込めることのように聞こえるかもしれない。
違う。
自分の機嫌をとるとは、自分が何をしたら気持ちが回復するかを知っていて、それを自分でやることだ。
好きな音楽を聴く。
散歩をする。
甘いものを食べる。
お風呂にゆっくり入る。
何も考えずにぼーっとする。
人によって違う。でも「これをすると少し回復する」というものが、だいたいある。
それを、誰かに頼む前に、自分でやる。
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誰かに気づいてもらいたい気持ちは、正当だ
誰かに「大丈夫?」と聞いてほしい気持ちは、弱くない。
人は誰かとつながりたいと思う。気にかけてもらいたいと思う。それは自然だ。
ただ、そのニーズを「察してもらう」ことに頼るのではなく、「伝える」ことで満たすようになると、関係がシンプルになる。
「今日ちょっと落ち込んでて、話聞いてもらえる?」
——それを言える関係が、本当に機能する関係だ。
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今日、機嫌を自分で回復させる
今日、機嫌が少し落ちたとき、誰かが気づいてくれるのを待つ前に、自分で何かをしてみてほしい。
好きな飲み物を飲む。5分だけ好きな音楽を聴く。ひとりで外に出て空気を吸う——それだけでいい。
「自分の機嫌を自分でとった」という経験が、一つ積み重なる。
機嫌は、誰かがとるものでなく、自分が育てるものだ。
今日機嫌が落ちたとき、誰かを待つ前に、自分に何かしてあげてほしい。