人から好かれようとするのをやめてみた
誰かに嫌われていないか、いつも確認していた。
LINEの返信が遅いと「何かしたかな」と思った。
会話が少し噛み合わなかったとき「気分を害したかな」と考えた。
自分の発言が受け入れられなかったとき「また空気を読み違えた」と反省した。
全員に好かれることを、なんとなく目指していた。
疲れた。
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全員に好かれることは、できない
全員に好かれようとすることは、全員の期待に応えようとすることだ。
でも人の期待はそれぞれ違う。Aさんが「もっと自己主張してほしい」と思っている同じ場面で、Bさんは「もう少し控えめにしてほしい」と思っているかもしれない。
全員の期待を同時に満たすことは、構造的に不可能だ。
それでも「全員に好かれなければ」と思っていると、誰の期待にも応えられていない感覚が、常に残る。全員に合わせようとするほど、自分がどこにも定まらなくなる。
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「好かれたい」の裏にあるもの
なぜ全員に好かれたいと思うのか。
嫌われることへの恐れがある。でもその奥には、「嫌われた私には価値がない」という感覚が、静かにある。
誰かに好かれることで、自分の価値を確認していた。好かれている間は安心できた。嫌われるかもしれないとき、自分の価値が揺らぐ感覚があった。
承認を外から集めて、自分を保とうとしていた。
でも外から集めた承認は、外の人の気分に左右される。不安定な地盤の上に、自分を置き続けることになる。
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全員じゃなくていい、一人に深く
全員に好かれなくていい。
一人に深く好かれることの方が、百人に浅く好かれることより、ずっと意味がある。
「全員に好かれる私」は、誰にも本当の意味で届かない。どこにでも合わせる人は、個性がないから、誰にとっても「その他大勢」の一人になりやすい。
「私はこういう人間だ」という輪郭を持っていることが、誰かにとって「あなただから」という選ばれ方につながる。
輪郭を持つことは、ある人には合わないかもしれない。でも別の誰かには、深く刺さる。
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一つ、やめてみる
全員に好かれようとする行動の中で、一つだけやめてみてほしい。
意見を聞かれたとき「何でもいい」と言うのをやめる。
気を遣いすぎた返信文を削って、短くする。
苦手な人との飲み会の誘いを、一度断る。
何かが壊れるかもしれない、と思うかもしれない。でもたぶん、思ったより何も壊れない。
そして、少しだけ楽になる。
全員に好かれなくていい。あなたのことをちゃんと見ている人は、あなたが全員に合わせていなくても、そこにいる。