ふと「悪くないかも」と思えた瞬間の話
それは本当に何でもない瞬間だった。
朝、いつものように顔を洗って、化粧水をつけて、リップを塗った。お気に入りのマグカップでコーヒーを飲んだ。整えたベッドの横を通って、着替えて、鏡を見た。
そのとき、ふと思った。
「悪くないかも、私」
誰かに褒められたわけではない。何かを達成したわけでもない。外見が劇的に変わったわけでもない。ただ、朝のルーティンを一つずつ済ませた自分を鏡で見て、なんとなくそう思った。
✦ ✦ ✦
この「悪くないかも」は、どこから来たのだろう。
振り返ると、大きなきっかけは一つもなかった。
ベッドを整えるようにした。
スキンケアを丁寧にした。
好きなリップを一本決めた。
ハンカチを持ち歩くようにした。
爪を整えた。
髪を乾かして寝るようにした。
コンビニごはんを少し減らした。
SNSを見る時間を決めた。
どれも小さなこと。一つひとつでは何も変わらない。
でも、全部を足し合わせたとき、自分に対する扱い方の総量が変わっていた。以前の自分と今の自分を比べると、自分をかける手間の量が、確実に増えている。
その手間の量が、「悪くないかも」の正体だった。
✦ ✦ ✦
自己肯定感は「上げる」ものだと思っていた。
何かをすれば上がる。
何かを達成すれば上がる。
努力すれば上がる。
——そういう足し算の話だと。
でも違った。
自己肯定感は、上げるものではなく、気づいたらそこにあるものだった。
毎日の小さな習慣を積み重ねているうちに、ある朝ふと「悪くないかも」と思える。それは意図した結果ではなく、副産物だ。自分を丁寧に扱い続けた結果として、自然に芽が出た感覚。
だから、自己肯定感を「上げよう」と意気込む必要はない。意気込むと、上がらなかったときに自分を責めてしまう。それでは逆効果だ。
ただ、今日一つ、自分を丁寧にすればいい。明日も一つ。明後日も一つ。その先に、「悪くないかも」が待っている。
✦ ✦ ✦
「悪くないかも」は、「大好き」ではない。
「最高の自分だ」でもないし、「完璧だ」でもない。
でも、「悪くないかも」で十分だ。
ずっと「私なんか」と思っていた人間が、「悪くないかも」と思えるようになった。その距離は、外から見れば小さいけれど、本人にとっては途方もなく大きい。
今日、もしまだ「悪くないかも」が来ていないとしても、焦る必要はない。
明日もベッドを整えて、リップを塗って、爪を確認して、ハンカチを鞄に入れて。
その一つひとつが、いつかの朝の「悪くないかも」を、静かに育てている。
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