「教養のため」じゃなくて「興味があるから」を選ぶ
「教養のため」に、いろんなことをやってきた。
「大人なら読んでおくべき」という本を、何冊か買った。「観ておくべき映画」のリストを、ぼんやり消化した。話題の美術展に、義務感で行った。誰かに「あれ知ってる?」と聞かれたときに、「知ってる」と言えるように。
でも、ある日気づいた。それらの本も映画も、ほとんど内容を覚えていない。
読み終えたとき、観終わったときに、心が動いた記憶も少ない。「教養として摂取した」という事実だけが残って、その中身は、自分の中に何も残らなかった。
逆に、たまたま手に取った、誰にも勧められていない一冊の本。その内容は、今も鮮明に覚えている。心が動いて、何度も読み返した。「教養」とは言われない、地味なテーマの本だったけれど、私の中に確かに残った。
何が違ったんだろう、と考えて、答えは一つだった。前者は「べき」で読んだ。後者は「興味」で読んだ。
「教養」という言葉の罠
「教養」という言葉を聞くと、なんとなく、ありがたい響きがする。
教養がある人は、知的で、洗練されていて、深い。だから、教養を身につけたい。多くの人がそう思って、「教養のため」の活動を始める。本を読み、映画を観て、美術館に行く。
でも、ここに大きな落とし穴がある。「教養のため」で始めた活動は、たいてい、身につかない。
なぜなら、それは「教養がある自分」になりたいのであって、「その内容に興味がある」わけじゃないからだ。動機が、外側に向いている。誰かに「教養がある」と思われたい。誰かに「あれ知ってる?」と聞かれたときに困らないようにしたい。
そういう動機で読んだ本は、自分の中に残らない。心が動かないから、記憶も定着しない。読み終えた瞬間、ほぼ全部、抜けていく。頭は通過したけれど、心は通っていない。
そして、「教養のため」のリストは、終わらない。「読むべき本」も「観るべき映画」も、世の中に無限にある。それを追いかけていると、いつも「まだ足りない」という気持ちに追われ続ける。教養という名の足し算ゲームに、参加してしまっている。
「興味があるから」のシンプルさ
「興味があるから」で何かを選ぶときは、これとは全然違う。
純粋に、自分の中の何かが反応している。その本のテーマに、その映画の世界観に、その分野の話に、なぜか惹かれる。理由を、人にうまく説明できなくてもいい。ただ、自分が興味を持っているという事実だけが、確かにある。
そうやって選んだものは、自分の中に深く残る。心が動いているから、記憶に定着する。読み終えたあとも、思い出して反芻する。その内容が、自分の人生の一部になっていく。
そして、興味で選んだ本は、次の興味を呼ぶ。一冊読むと、その中で触れられていた別のテーマが気になる。そのテーマの本を読むと、また別の興味が湧く。興味は、興味を連れてくる。
これが、本来の「学び」の姿だ。誰かに評価されるための知識の蓄積じゃなく、自分の好奇心が、自然に世界を広げていく。気づいたら、自分の中に、自分だけの知識のネットワークができている。それは、教養のリストを消化して得られるものより、ずっと深くて、自分らしい。
「教養のため」を捨てて「興味があるから」で選ぶと、知識は減るかもしれない。読書のスピードも落ちるかもしれない。でも、残るものの質が、まったく違ってくる。
✦ ✦ ✦
積んでいる本のリストを、見直してみる。
「読まなきゃ」と思って買ったけれど、なぜか手が伸びない本。「教養として必要」と勧められて買った本。それらは、本当に自分が読みたいものだろうか。
もし違うなら、一度、リストから外してもいい。
そして、自分に問いかけてみる。「今、純粋に、何が気になっている?」
それは、世間で評価されているテーマじゃないかもしれない。誰にも勧められていない地味なテーマかもしれない。それでいい。自分の中で何かが反応している、その事実だけが大事だ。
その「気になる」を、追いかけてみる。本を一冊買ってみる。動画を観てみる。誰かに話を聞いてみる。
「教養のため」ではなく「興味があるから」で動き出すと、学びは義務から喜びに変わる。
そして気づくはずだ。本当に自分の中に残るのは、誰かが「読むべき」と言ったものではなく、自分が「読みたい」と思って読んだものだということに。
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